「あれを見せたのはお前か、」
約束の日、約束の場所で、青年は少女に向かってそう言った。
「いや……、そんなはずはないな。今だ女王候補でしかないお前に、あんな力があるとは思えぬ」
少女は答えなかった。それを求められていないことは明白だったので。
青年はかすかに目を細めて、夢の中でしたように湖の水面を見つめた。
やっと思い出したのだ。先の自分と同様、悩みに悩んで覚悟を決めた想いを、くだらぬことと一蹴した己の所業を。
「女王陛下を…を、不真面目な無法者に近づけてはならないと、そればかりを考えていた。
この私の支持した女王が、至尊の座よりも不逞の輩を選ぶことなどあってはならないと。
二人の気持ちなど問題ではなかったのだ、私にとっては……。」
「ご自身で思い直されたのでしょう?ご立派でいらっしゃいます」
静かな少女の言葉に、青年は柔らかい苦笑を返した。
「お前の言った通りだ、私の想いはどうやら完全ではなかったらしい。
何より、他人をあれだけ手ひどく処断しておきながら、自分だけ幸福になろうなどと虫が良すぎるというものだ。
………お前は、女王になるなり奴のところへ行くなり、最も幸福になれる道を選ぶがいい」
自分は所詮、守護聖としてしか生きられないのか。
ほろ苦い感傷を噛みしめながら、少女に背を向ける。
「もう行け、。お前がいつも幸せであることを願っている」
彼が自分の想いに別れを告げた、その時だった。
「……完全な想いなんて、存在しないと思います」
優しげな声音に、青年は思わず少女を顧みた。
「私はただ、あなたに気付いて頂きたかったのです。
間違っているとか……すべきではないとか。そんなものではないのだということを」
清楚な少女の微笑みは、彼の心を暖かい光で照らした。
「私が女王候補でなく、あなたが守護聖でなかったら、私たちは出逢うこともできなかったでしょう。
……間違ってなんかいないんです、あなたが私を愛してくださるのも……私があなたをお慕いしているのも」
「、それでは……」
目を見張った青年の前で、少女は瞳を伏せて頷いた。
「……」
彼はそっと少女を抱き寄せ、その額に口付けた。
愛しいと思った。心の底から、他の何物にも代えがたい幸福。
それを理解しようとしなかった自分の、どれほど狭量だったことか!
「……。ひとつだけ訊きたい」
少女を腕に抱いたまま、青年は小さくつぶやいた。
「お前は、何もかも…知っているのか」
少女は暖かい胸に頬を当てて、かすかに首を振った。
「……ただ、いつか少しだけ話されたことがあります。
女王となる決意をしていないのならやめてしまえ、望まずに女王となり自分を含まぬ世界の幸福しか祈れぬようになるくらいなら、と。
ずっと昔のそういう話を知っている、だから幸福でない女王など見たくないと……そう仰っていました」
聴きながら嘆息した彼の視線がふと、少女の肩にある右手の指輪に止まった。
『忠誠の指輪』と呼ばれる、現女王から贈られたそれは、自分には相応しくないのかもしれない。
彼はそれを外し、少女の細い指先にゆっくりと滑り込ませた。
そのとき胸に去来したものは決して単純ではなかったが、青年は声に出してはただ一言、本心を告白した。
「全世界で最も幸福な光をお前に贈ろう。
そして永遠の愛を………」
掌の温もりが、その誓いを守らせてくれる気がした。
FIN. |