「? ……どうしたのだ、まったく食べていないではないか」
その言葉で、ははっと我に返った。
彼女の皿がスプーンと重なって、硬質な音が響く。
「……具合でも悪いのか?」
「い、いえ。なんでもないんです、ごめんなさい」
あわててスープを口に運び始めるに、クラヴィスは更に言う。
「我慢することはないのだぞ。幸い明日は日の曜日だ、試験に影響することもあるまい。今夜は泊まって行け」
いつもなら気を遣って遠慮し、しかし最後にはうれしそうに頷く彼女だが、今夜は違った。
「いえ。…ごめんなさい、今日は帰ります。やりかけてることがあって」
「うん?」
珍しいな、といわんばかりにクラヴィスは彼女を見た。何やら様子がおかしいとは思ったが、試験中の女王候補だ、やることはいくらでもあろう。
「そうか。では馬車を用意させよう」
「ごめんなさい、クラヴィス様」
重ねて謝るの姿が、何故かクラヴィスの心に小さなしこりを残した。
◇ ◇ ◇
そして2週間後。
ここにきて、クラヴィスはに何かあったのだと確信せざるを得なくなっていた。
試験時間の間はきちんと育成を頼みにも来、湖では立ち話もする。だが、女王候補が自由に使える休息時間になったとたん彼女は何処へか姿を消し、彼の前に姿を見せなくなるのだ。
理由を尋ねても『やらなきゃならないことがあるんです』の一点張りで、全くらちがあかない。以前は毎日のように館へ赴いて夕食を共にしていたことを思えば、クラヴィスには自分に言えない特別な理由があるとしか思えなかった。
「金の髪の女王候補……」
執務室で闇に身を照らしながら、彼は小さく呟いた。
その昔、彼は同じ髪の色をした少女に愛を告白し、そしてそれは叶わなかった。
半ば期待していた答えを返してはくれなかった少女に、自分は憤りと絶望の感情を覚えた。
だが、それはただのひとりよがりだったのかもしれない。彼がそう思っていたからといって、彼女に応える義務はないのだから。
「……そう。応える義務などないのだ……」
気怠げに、クラヴィスは口に出して目を閉じた。
わかっている。を疑うわけではないが、もしもの時でも彼女が悪いわけではないのだ。それは、わかる。
だがこの胸が引き裂かれんばかりの喪失感はなんなのだ。仮定してみるだけで、常より側にあるはずの闇に心が囚われてしまうのが判る。
今まで、クラヴィスはに暖かいものを感じ、心を開き、女王候補に対する守護聖以上の態度で接してきた。だが、こんな喪失感は味わったことがない。
しかも彼女が傍にいないという、ただそれだけの理由で。
「私は…そこまであの者を……?」
突然、クラヴィスはその感覚に憶えがあることに気づいた。それは
「………!」
彼は勢いよく立ち上がり、いつになく性急な足取りで女王候補たちの館に向かった。
「……!はおらぬか」
思いつめた顔で訪れた先の部屋は、やはり留守であった。
しかし、クラヴィスはの身の回りの世話をする付き人から、尋常ならざる台詞を耳にした。
「様は、近頃はたいてい光の守護聖様の館を訪れていらっしゃいますが」
言葉を聞くか聞かないかのうちに、彼は足先をそこへ向けていた。
彼女に会いたかった。会って、自覚していなかった想いを伝えたい。たとえ彼女が自分以外の者を愛しているのだとしても、それでも。
私はを愛している。世界中の誰よりも。 |