「……まあ、多少体調を崩されているようですが、ご病気ということはないようです。ご心配はいりません」
「そ、そうか。たいしたことないんやな、そーか」
医者に同じ台詞を何十回も連呼させてやっと、青年は肩の力を抜いた。
「ごめんなさい。心配をかけて……」
仮眠室のベッドに横になったまま、アンジェリークは目を伏せていう。
「い、いや、アンジェは悪ぅないんやからあやまらんでもええ。なんともないんやったらええんや。
アンジェがおらんかったら、俺かて生きていかれへん…他の何が失くなっても立ち直れるけど、アンジェだけはあかんのや。
アンジェが俺の傍で微笑っててくれんかったら、俺の人生なんて塵と同じや。
大事なくてよかったなぁアンジェ。よかったなぁ……」
「………まったく……よく言うよ」
手を取って二人の世界に浸りかけた彼に、側の椅子に腰掛けたレイチェルが呟く。
「ねえ、たいしたことないのはイイけどさ。聞いたら、ここんとこあんまり寝てないって言うじゃない。
だったらアナタのせいじゃないの?」
「?? そうなんか?でも何で俺の……」
「ニブいなぁ。…夜ちゃんと眠らせてやってんのかって、訊いてんの」
「????」
判ってない青年を尻目に、居並んだ看護婦や医者が一斉に目を伏せた。(笑)
「レ、レイチェル! 違うってば!」
あわてていさめるアンジェリークの顔が赤い。それを見ながら、青年は首を傾げて考え込んだ。
「夜? ちゃんと? 眠らせて……。……………。………!!!」
ようやく思い当たったらしく、青年の顔がアンジェよりも赤くなる。
「お、お、お、お、俺は何もしてへんぞっっっっ!!!」
「何もってナニよ。こんだけ見せつけといて白々しい」
「せやから…、なにも……」
それきりぱくぱくと口を動かすだけの彼に、レイチェルは最初いぶかしそうに、それから呆れたような表情をした。
「なにもって、…アンジェ?」
「………………ぁ、の……」
しーんと静まりかえる部屋の中。
「…………。あ、アナタたち、もういいから行って」
身の置き所に困っていた医者たちを退出させてから、レイチェルはそろって俯くカップルを眺めやった。
「はー…まぁ、いいけどさ。んじゃどーして? 仕事とか忙しいワケ?」
仕事、と聞いて反応したのは青年の方だった。いままで頼りなげにしていた瞳が急に力強く光る。
「……そうなんかアンジェ!?大丈夫ゆうてたけど、ホンマはキツかったんか!!?
あぁああ〜アンジェにここまで無理させとったなんて、俺…俺もう……!」
ひとりで盛り上がって涙ぐむ彼を無視して、レイチェルは更に言う。
「ホントに、ムチャばっかしてたら体が保たないよ。いくらやりたいコトでもまず健康が第一でしょ?」
「ううん。ちがうの、レイチェル」
彼女の台詞をさえぎって、アンジェリークは答えた。
「別に、仕事のことじゃないの。あの……」
言いにくげな素振りに心得た様子で、片耳を近づける。
「あの…あのね、………………」
「…………はぁあ?」
聞き終えたレイチェルは、何ともいえない顔でアンジェリークを見た。
「アナタ……それ、言ってて恥ずかしくなんない?」
「は、恥ずかしいってば! だから本人に言えないんじゃないっっ」
「だろうねー。しっかし、アナタたちってば本当にお似合いのカップルだね。
いまどきないよ、こんな純愛少女マンガって」
きゃははは、と笑い声を立てるレイチェルに、アンジェリークは拗ねたように言い捨てた。
「もういいっ。私のことはいいのっ、そういうレイチェルはどうなのよ?」
「え? ワタシは…別にないよ。」
「うそ、大告白されてくっついたらしいじゃない? しかも試験中に!」
「試験中じゃないよっ! ……あっ」
つい応えてしまってから、レイチェルはしまったと口を押さえた。アンジェリークがここぞとばかりに情報を披露する。
「泣いちゃったんだってねー、レイチェルが!」
「な、泣いてなんかないってば!」
「えー、教えてくれたっていいじゃなーい。……好き、なんでしょ?」
ふとからかう表情を消して、アンジェリークはそう尋ねた。
その瞳に、親友の幸せを喜ぶ優しい色が浮かんでいる。
「……向こうは、ね。アナタのアレとおんなじくらいそうかも。……ワタシはそうでもないけど!」
無邪気に笑って、レイチェルはとぼけてみせた。
◇ ◇ ◇
「さて、と。ワタシはそろそろ帰るね」
ひとしきり歓談したあと、話の空白をみはからって立ち上がる。
「え、もう? もっとお話しようよ」
「こんどね。実はこれから待ち合わせてるんだ………っと」
機敏に身を翻したレイチェルは、部屋の隅でまだ落ち込んだり憤慨したりを繰り返していた彼を見、近づいて肩を叩いた。
「アンジェリークが睡眠不足なのは、アナタが隣にいるのに眠っちゃうなんてもったいなくてできないから、なんだって!」
「きゃーっ、レイチェルっっ!!!」
「愛されてるねー、アナタってば☆じゃあねっ」
当てつけられたことへのささやかなお返しを残して、レイチェルは部屋を後にした。
狂喜した青年の仕事がこのあと何日分たまるのか、なんてことは、彼女には関わりのないことであった。
FIN.
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