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 黄金色の花束を抱いて 2 

ここは、よく見知ったあの森に似ている。

青々と茂る木々。清らかな空気。いつも気持ちの良い風が吹くそのそばには、小さな小川が流れていた。
はるか昔…前女王がまだ女王候補でしかなかった頃、青年の疲れた心を癒したのもこんな穏やかな春風だった。

物心もつかないまま次期守護聖の宣告を受けた彼は、母親の顔も知らず愛情とは無縁に育った。皆が幼い自分にかしずいたが心を許せる者はなく、同年齢であるはずの光の守護聖は大人顔負けの手腕で課せられた任務をこなしていた。
由緒正しい大貴族の尊厳が、故郷を持たぬ流浪民の出生にどれだけ負い目を感じさせたか。
やがて長い年月が過ぎ、闇の守護聖という立場は彼に全てを捨ててしまうことを許した。
他人から愛情を得ることも、守護聖である自分から逃げることさえ諦めてしまった彼の前に、突然舞い降りた一条の光……。

……それが失われかけたとき。彼は、それを取り戻そうとはしなかった。
幾度となくかみしめてきた絶望を胸に秘め、固く心を閉ざし、自分が彼女を愛していたことすら忘れようとした。
しかし、今。

「クラヴィス様…!!」

いま、青年は青空を背に駆けてくる少女を待っていた。
もう…あのような思いは二度と……。

「……アンジェリーク……」

はずむ息と、揺れる金色の髪。それを見つめる瞳に、いつもの冷めた色はなかった。
代わりにアメジストの輝きをたたえて、青年は口を開いた。

「アンジェリーク、…返事を。聞かせてほしい」

瞬間、少女の肩の動きがぴたりと止まった。当然聞かれて然るべきその問いに、彼女は明らかに動揺を示した。
青年は少女の狼狽をいたわるように、優しい口調で続ける。

「おまえが女王の座を選んだことは判っている。ただ、私はもう後悔したくないのだ。
 おまえの本当の気持ちを、きかせてくれないか?」
「私…わたしは……」

青年の視線を避けゆっくりと俯いて、少女は口ごもった。

「………私、は。星の人々や、私を信じて下さった皆さんを、裏切ることはできません……」

それは、青年が予想していた通りの言葉だった。
無邪気で物怖じしない天使。だが女王となることが決まった以上、責任を軽々しく放り出すような人間ではない。
だからこそ、青年も彼女に惹かれたのであったから。

「……そうか。だろうな。」

かすれた低い声で、彼は呟いた。少女の前では常に饒舌であったはずの言葉は、それきり何もつむがれてはくれない。
予想はしていた。がそれでも、どこかで何かが崩れていくのがわかる。
宇宙などどうなっても良い、彼女が望むなら今すぐさらっていくのに
らしくなく考えて、彼は苦しげに顔を背けた。
自分を愛していない故の答えでないことは明白だった、それがことさらに彼を傷つけていた。
もし、二人が女王と守護聖でなかったら。
口を突きかけた台詞は、小さなため息とともに霧消した。

「……すまぬ、辛いことを言わせてしまったな。おまえにはおまえの運命があり、私とてそれには逆らえないのかもしれない」

俯いたままの少女に、青年は守護聖として語ろうと努力した。

「女王とは唯一絶対の存在であるがゆえに、この先おまえには孤独の影がつきまとう。補佐官ロザリアにさえ気軽な態度はとれぬだろう。
 しかし、自らが幸福でなければ他を導くことなどできぬ。おまえは女王である前にひとりの人間なのだ」
「私の、………幸せ?」

『すべての人を愛し、すべての人に愛されますように』

異種族の占い師が贈った言葉通りに全ての民を同じように愛さなくてはならないなら、心に唯一人の人を住まわせる彼女に女王の資格はあるのだろうか。
青年は疲れた微笑を水面に投げた。

「私はもう、二度と人を愛するつもりは無い。新女王に従って同じ時を過ごすことももはやできぬ。
 ……だが、おまえをひとりの人間として愛した者がいたことを、憶えておいてほしい」

彼は、多分そのとき初めて、強大な力を自分のために使おうとした。
守護聖の任を捨て聖地を出るために、己がサクリアを消し去ろうとしたのだ。
彼ならそれが可能であったかもしれない。が、サクリアを統括する女王はそれを許そうとはしなかった。
彼女は幼いひたむきな瞳で彼を見上げた。

「私の幸せが、あなた以外にあると……お思いですか」
「詮無いことを言うものではない。この上は私の望みは静かに眠ることだけだ、責務を果たしたいなら邪魔をするな」

冷たい態度を作るには、少なからぬ意志の力が必要だった。
流されてはいけない。こんな気持ちのまま残れば、必ず彼女を苦しませることになる。それでは以前と変わらないではないか。


……しかし少女は、彼が思いもしなかった言葉を口にした。

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