…………。 
…………。 
……なにこれ? 
 
メール、ほとんどない。送信も受信も。 
唯一、私と交わしたメールだけが、ひとつのフォルダに分けられていて。 
そんなもの、見たっておもしろくも何ともないし。 
電話帳も同様。 
私と、氷室先生と、多分お店のスタッフさんらしい番号だけ。 
客観的に見ても、すごくつまらないケータイ。 
 
すぐに飽きて、私はマスターさんの方を見た。 
「……?マスターさん?」 
マスターさんの持つ私のケータイのLEDが、ぴかぴか7色に光ってる。 
ということは……外部にアクセスしてるということで……? 
「マスターさん!?」 
がばっと身を乗り出して、私がそれを取り上げると。 
ディスプレイには『メール送信しました』の文字。 
あわてて、送られたメールを確認する。 
 
「……マスターさぁぁああん???」 
怒りを抑えた声で、私はマスターさんを睨み付けた。 
「なんで勝手に断っちゃうんですか!?しかも今、大丈夫って言ったじゃないですか!」 
「俺は忙しくないって言っただけだよ」 
涼しい顔で、マスターさんはカップを片づけ始める。 
「君は、ここに仕事しに来てるわけじゃないでしょ。忙しくなかったら来ないの?」 
「そ…そんなことない……ですけど」 
「君は、俺の彼女でしょ。お手伝いじゃないよね?」 
「……そう、です」 
こんな時なのに、やっぱり照れてしまう。 
「じゃ、休みに他の男と遊んだりしないで、俺と一緒にいるよね?」 
「ハイ……」 
「じゃ、解決だ♪」 
明るい顔でそう言って、マスターさんは私のおでこをつんとつついた。 
「あぁ、それとね、みゆうちゃん」 
「……ハイ?」 
「友達のこと、名前で呼んじゃダメだよ」 
「ハ?」 
意味が分からなくて、首をかしげながら問い返すと。 
マスターさんは、少しだけ憮然とした顔をしていた。 
「俺のことは“マスターさん”で、友達は“珪くん”って、変じゃない?」 
「へ…変では…ナイ、と思いますケド。習慣だし……」 
「いや、変だ。 じゃ、俺の前では呼ばないで?」 
妙に真面目な表情がおかしくなって、私は思わずくすりと笑った。 
「マスターさん。もしかして、ヤキモチ?」 
うまくすれば、照れるマスターさんや慌てるマスターさんが見られるかもと思って。 
でも。 
やっぱり、私の考えは甘かった。 
 
マスターさんは、いつかどこかで見たことがある、いつもと同じようなんだけど何かが違う笑顔を見せて。 
「そう。俺、嫉妬深いんだよ。知らなかった?」 
笑ったまま、もう一度私のケータイを取り上げた。 
ぴ、ぴ、ぴぴぴ、ぴっ。 
キー音を響かせながら、慣れた手つきで操作する。 
「マ……マスター、さん?」 
嫌な予感がするけど、私は怖くて手が出せない。 
やがて、戻ってきたケータイは。 
 
「ああああああああっ!!!!」 
 
友達の電話番号とかメールアドレスとかを保存してる、 
電話帳メモリがすべて……消去されていた。 
 
 
「俺以外の奴を、俺の前では名前で呼ばないって。約束して?」 
 
 
それは。 
約束じゃなくて。 
脅迫 って、言いませんか? 
 
「約・束」 
 
私は、泣きたい気持ちでため息をつきながら。 
差し出された彼の指に、小指を絡めた。 
FIN.  |