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はじまりのはじまり ![]()
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| 「………ふむ」 天之橋は思索から抜け出し、ひとつ頷いて、立ち上がった。 彼の思索の原因と言えば、もちろん、そろそろお茶会をしに来るであろう少女のことだ。 彼女のことで、天之橋は常々気にしていることがあった。 彼女は、生徒たちに人気がある。それはもう、同級生から下級生、他校の生徒に至るまで、そして男女の別なく人気者だ。 それ自体は天之橋にだって理解できるし、彼女に特別に想われている(らしい)身にとって、優越感を感じる元ともなる。 しかし。 彼女は、なんというか……無防備すぎるのである。 女友達はまだいい。親友の奈津実などが抱きついたり胸を触ったり(!)しているのを見てしまっても、それは友達だからと納得できる(そうか?)。 しかし、男は。彼女を虎視眈々と狙っていることがありありと分かる男に、彼女が頭を撫でられたり手を繋がれたり頬をつねられたりしているのを見ると、歯痒くて仕方なくなる。 いや、それよりも。 最大の疑問は、彼女は本当に自分を特別だと思っているのか?と言うことである。 天之橋は、彼女の頭を撫でたこともあるし、手を繋いだこともある。それどころか、頬にも額にも髪にも手にも口づけたことがある。 それは自分だけの特権で、特別な証拠だと思っていたのだが、しかし。 よくよく考えてみれば、今時の女子高生が頬にキスを特別だと思うだろうか? 礼儀正しいはばたき学園の生徒でさえ、恋人同士がキスしたりそれ以上のことをするのは当然だという気風がある。それは、校則が校則なこともあるのだけれど、それ自体がすでにこの世代の常識と言っても過言ではないだろう。 だとすると。 少女が、自分以外の男とキスをしていたとしても そんなことを考えていたら、だんだんと本気で腹が立ってきて。 どうしても彼女にキスをする……あわよくばそれ以上も、という思考しか頭に浮かばなくなってきた。 彼は午後いっぱいをかけて、そんなことばかり考えていたのである。 「こんにちは、天之橋さん!」 ポットを抱えた少女が、今日も元気にやってくる。 「やぁ、よく来たね」 天之橋は微笑し、早々に執務机を立った。仕事などやっていられるか、の気分である。 ふんふんと鼻歌を歌いながら、機嫌良くお茶の用意をしている少女の隣に立って、手元をのぞき込む。 「今日は、なんのお茶だい?」 怪しまれないように、そんなことを聞きながら。 「えっとですね。うちの母がくれたお茶なんですけど、なんでもイギリスの知り合いからもらった、無名だけどすごく香りがいいブランドらしいですよ」 「ほう」 ティーポットにお茶っ葉を入れ、蒸らすために蓋をしたところで。 ふと、後ろから抱きすくめられ、少女は不思議そうに振り返った。 「……天之橋さん?どうかなさったんですか?」 全く警戒していない、無防備な態度。 「君も……良い香りがするね」 髪に顔を埋めながらそんなことを言われ、顎を引かれて頬に口づけられても。 少女はくすぐったそうに照れ笑いするだけで、怯えた様子など微塵もない。 それが多少苛立たしいが、好都合でもある。 警戒される前に、奪ってしまうことが出来るから。 「………君が…いけないんだよ?………」 「天之橋さん?」 小さな声で囁かれた台詞に、顔を上げた少女に。 ゆっくりと、口づけを落とす。 「…………!」 初めて、少女の身体がぴくりと震え、瞳がこぼれそうに見開かれた。 咄嗟に逃げ出すこともできず硬直してしまっている彼女を幸いと、触れるだけではなく深く口づけると。 大きく響く湿った音と、口内を蹂躙される感触に、少女は我に返ったように反応した。 「ん、……やっ……!」 腕を突っ張って抵抗され唇は離したが、体までは解放しない。 少女はショックの色を瞳に浮かべて、首を振った。 「ひどっ……ひどいです、天之橋さん!なんでっ……!」 ぼろぼろと涙をこぼす彼女に、一瞬心が痛んだが、このまま押し倒してすべて奪ってしまおうかとも考えた。 もう次はないと しかし。 「……こんなっ……こんな、なんでもないときに……っ!」 錯乱しているらしい少女は、傷ついた表情ではなく非難する瞳で、よく分からないことを言い出した。 「私……私、ファーストキスだったのに!女の子にとって、ファーストキスってどんなに大切か分かります!? それを、こんな適当にっ!!」 「……………」 暫し沈黙し、言われた台詞を反芻して熟考して。 その意味に、破顔する。 さも可笑しそうにクックッと笑い出す彼に、少女の怒りはますますエスカレートした。 「何笑ってるんですか!謝ってください!!」 「い、いや、すまない。謝るよ。……で、ひとつ聞きたいんだが」 眉をつり上げて怒る、涙をこぼしたままの頬を、指で拭いながら。 「それは そう確認すると、少女は一瞬言葉につまり、次いで音がしそうなくらい一気に真っ赤になった。 「そ、そ、そ、それは………っ」 「それは?」 意地悪く、繰り返す。 堪えきれずに俯いた彼女の耳を、ぺろりと舐めて。 「適当にキスされたくないくらい……私のことが好きなのだろう?」 「うーっ……」 恥ずかしくて死にそうな表情をしている彼女を、容赦なく追い詰める。 「まだ分からないなら、もう一度キスしてみようか?」 そんな言葉と共に、顔を上向かせられかけて、少女はあわてて首を振った。 「や!イヤです!わ、分かりましたっ」 少女は頬を染めたまま、諦めたように彼のスーツの胸を掴んで。 身を屈ませる彼の耳に、背伸びして口を近づけて。 耳のそばで言われてさえやっと聞こえる、蚊の鳴くような声でこしょこしょと囁いた。 天之橋の目が、うっすらと細められる。 にやにやと笑われることに耐えきれず、少女はそっぽを向いてむくれた。 「こ、これ以上したかったら、結婚してからにしてくださいね!」 そして、腹立ち紛れに言ったそんな捨て台詞で。 彼女は一生の不覚と思えるくらいの、墓穴を掘った。 天之橋はもう一度目を細めると、抱きしめていた少女の身体を、ひょいと横抱いた。 「わかった。先走って悪かったよ。では行こうか?」 「………?行くって……どこへ??」 抱き上げられたことよりも、意味不明な言葉を気に掛ける彼女に、涼しい顔で。 「今すぐ親御さんに御挨拶に行って、役所に届けを出せば、今日中に“これ以上”ができるだろう?」 彼女の言う『これ以上』が、『これ以上キスしたかったら』という意味なのを分かっていて、わざと取り違えた振りをする。 少女は、数瞬沈黙して。 「………………え?えっ?……えええええ!!???」 遠慮のない音量で、絶叫した。 「君からプロポーズしてきたのだから、私の妻になったら拒むことは許さないよ?……奥さん」 今は、とりあえず。頬へキスを落として。 天之橋は、また泣きそうになっている少女の身体を抱いたまま、完璧な笑顔を見せた。 終わる。 |
| あとがき |