一時間後に家の玄関を出て彼女と車に乗り込んだ彼は、怒濤のような展開と父親のキャラの為か大きく息を吐いた。 
彼女が心底申し訳なさそうにしゅんとして、恥ずかしさに目を潤ませる。 
 
「……先輩…父がすみません、ホントにっっ…」 
「いや……門前払い覚悟で行ったからさ。を嫁に貰う約束もしたし、二重マルだ!ハハハ…ハ、ぁ〜…でもあの親父さんなら”やっぱダメー”とか言いそうだな……」 
 
彼はそう言って大きな手を彼女の頭に置いた。 
 
「まぁそうならないように頑張るわ!…さぁーて、初詣行くか!」 
「………はい…」 
「そんな顔しなーい。今日はちょっとビックリしたけど、オレおまえの親父さん好きだぞ?」 
「………どこがですか!?」 
「だってフレンドリーだし、堅苦しくないし?って意味一緒か…オレ嫌われてはないよな?良かったマジで!」 
「うう……肉親だったら恥ずかしいんですよ?」 
「大丈夫だって。……オレの親父にもなってもらう人だからな、オレが好きだからいいんです」 
 
彼女にはそう言いながらも、一見くだけた態度でのさりげなく厳しい値踏みに、内心少しビビリ気味で。 
そういえばいつだったか彼女に、化粧品会社の営業部長だとか聞いたことがあるのを思い出した。 
実力でその地位まで勝ち上った人なんだろうと想像がつく。 
 
 オレ、頑張らないと。 
 
彼がもう一度小さくため息を吐く。 
それから急に『うあ!!』と大声を出した。 
 
「ど、どうしたんですか!?」 
「あ〜〜……ごめん、おまえの気持ちも聞かないで嫁に貰う話なんかしちまって。付き合ってるって現状報告しに行ったのに……完全にフライングだ、オレ」 
「いえ、あの、元はといえばうちの両親が始めた話ですし」 
「でもこういうのはやっぱさ、おまえにアレだ。うん、プ…プロポーズ?…とかしてからの話だったよ〜な〜…」 
「えっと、じゃあ……どうしましょう?」 
「ん?どうしましょ…って?」 
「母が、今日中に私も先輩のうちに伺ってご挨拶してきなさい……って…」 
 
別れ際に言われて意味を考える余裕も無かったけれど、いざ口に出してみればもしかして大変な事なのではないだろうか? 
事の重大さに今更ながら気づいた彼女が考え込む。 
 
「ウチ!?……ってな〜…そりゃ、アレだな…」 
「……ダメですか?」 
「ダメってんじゃない、うん。連れて来いって散々言われてるしな。でも…なんてーかこう…こっ恥ずかしい?」 
「でしょう!?」 
「あ〜〜、なんか分かったわ。さっきのおまえの話」 
「いや、うちの両親は特別恥ずかしいんですけど。…でも”真咲くんが頑張ったんだからあなたもちゃんとしないとあちらのご両親に失礼でしょ”って…母が」 
「そっか、おまえの親の顔潰すもんな……うっし、行くか!…とりあえず初詣してからだけどな」 
「……そうですね、そうしましょう」 
 
赤くなった顔を見られないように、それぞれがそっぽを向いて話をまとめた。 
  
◇     ◇     ◇ 
  
「やっぱり今年も激コミ〜…っしゃ!行くぞ、手」 
「は、はいっ」 
 
元旦の神社は例年通りお参りに行く人とおみくじやお守りを求める人、事を終えて帰る人でごった返していた。 
晴れ着の彼女を守るべく、鳥居の辺りで彼が気合いを入れるのも毎年のこと。 
洋服なら彼も少しは気が楽だろうと思うけど、一年に一度しか見れないから絶対に着て欲しいと真剣にお願いされてしまっている。 
去年の花火大会の教訓を生かし、真咲は彼女の体を斜め後ろから完璧にガードした。 
 
拝殿にお賽銭を投げ込み柏手を打って、おみくじを引く。 
仲良く大吉のそれをお財布にしまいながら、彼女が笑った。 
 
「今年は微妙じゃなかったですね」 
「おぉ、大吉なんか引いたの初めてだわ。おまえと来たからだな、きっと」 
「………どうしてですか?」 
「おまえ高校生の時からずっと大吉じゃん。おまえといると神様が甘いような気がする」 
「そ、そんなことないと思いますけど」 
「いいや、ある。就職も決まったし……結婚も決まったし?…なんてな!」 
 
真咲が照れ隠しに、彼女の髪をさらりと撫でて先を急いだ。 
 
 
「あ〜……ウチ、絶対うるせーからな?」 
 
持っていく菓子折の袋を膝に抱いた彼女に真咲が言い含める。 
 
「兄弟男ばっか三人だし……あ、兄貴のガキ共もいる」 
「ドキドキしてきました……」 
「その気持ちメッチャクチャ分かる。それはもう百も承知だ。そんでな、玄関に立つと足に力入んなくなるぞ?まだまだこれからだ♪」 
「先輩……楽しそうですね…」 
「ハハハ、大丈夫オレがついてるから心配すんな。おまえがそれ買ってる間に、連れていくって電話してあっから」 
「そうですよ!何がいいか聞こうと思ってもいないんだもの!」 
「それ悩むよなー?オレもすげー悩んだんだからおあいこだ」 
「先輩は何にしたんですか?」 
「色々考えたけど、シュークリーム。おまえが好きな物がいいんじゃねーかと思って」 
「わたしも!抹茶ロールケーキ、先輩好きだから」 
 
”同じこと考えちゃいましたね”と笑う彼女が可愛くて。 
こんなに可愛いコが自分の彼女で、しかもこれから実家に連れていって両親に紹介しようとしているなんて本当に信じられない。 
ちょっと気を抜くと見とれそうになって困ったりするのも、何年も前からの事。 
彼はもう一度気を引き締めてハンドルを握った。 
  
◇     ◇     ◇ 
  
「…………オーイもういいか?」 
「…………もう少し……」 
 
玄関のドアの前に立ってインターフォンに人差し指を構えた彼と、その影に隠れた彼女。 
もう五分もこのままの体勢で固まっている。 
彼も彼女の家のインターフォンを押すのをさんざんためらったから、気持ちはよく分かるがこのままでは日が暮れそうだ。 
心の中で五秒前からカウントダウンし、ゼロでぽち、とボタンを押した。 
 
 ぴんぽーん。 
 
背中の彼女がビクンッと跳ねた。 
 
「ひっ……ひどーい!」 
「大丈夫だって。開けるぞ?…………ただいまー」 
 
がちゃ、とドアを開けて。 
彼が中に声をかけた途端。 
 
『ハルにいちゃんがかのじょつれてきたぞーーーーっっっ!!!』 
 
大絶叫と共に工事現場のような音で階段を駆け下りてくる同じ顔の子供が三人。 
真咲が厳しい顔で、そのまま飛びついて来そうな彼らに号令を掛けた。 
 
「ストーーーップ!整列!!」 
 
その声を聞いて、ブレーキ音がしそうなほどの勢いで急停止し、三人が横に並んだ。 
 
「番号!!」 
 
一人ずつ気を付けの姿勢で『1!』『2!』『3!』と叫ぶ。 
 
「ヨシ!!………ごめんな、ビックリしたろ?これ甥っ子で信と陣と銀ってんだ。お前らご挨拶は!?」 
「「「こんちわ!!」」」 
 
真咲が子供の名前を言いながらそれぞれの頭をぽんぽんぽんと撫でて。 
寸分の狂いも無く挨拶をハモった子供達に、彼女がふわりと笑った。 
 
「こんにちは、です。よろしくね?…あ、これお土産だよ」 
 
その笑顔を見た子供達が我先に彼女の手を取った。 
 
「やった!!おかし!?」 
「ジン!ごあんないするんだよ!」 
「こっちだよ、きて!!」 
 
その時、家の奥からエプロン姿の女性が姿を現した。 
 
「いらっしゃい。まー可愛い!お人形さんみたい!」 
「あーこれ……おふくろ」 
「あっ…あの、です!初めまして」 
 
彼女がぺこりと頭を下げるのを彼の母親がしげしげと眺める。 
 
「本当にいたのね〜。しかもこんなに可愛い子がハルのね〜……あ!上がって上がって男ばっかでむさくるしいけど!」 
「はい。お邪魔します」 
「コラ!勝手に触んな」 
 
引っぱる子供達を片端から引き離して、真咲が彼女の手を取った。 
  
  
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