そわそわそわそわ。 
 きょろきょろきょろ。 
 
またからかわたんじゃないだろうか? 
来る途中で事故とかないだろうか? 
行き先はスーパーじゃないだろうか? 
 
色んな心配が頭を駆けめぐる隙間で、公園入り口から車道を眺め時計に目を遣る。 
メモに書かれていた待ち合わせ時間まで15分。あと15分しかない。 
彼女は辺りを見回して、またカバンから鏡を出し何度も直した前髪をいじって確認した。 
 
 素直でおとなしく、大人っぽく! 
 
鏡に写った自分に言い聞かせるように、心の中で復唱する。 
鏡をしまって何度も考え尽くしたことにまた手を伸ばそうとした時、車道の路肩に一台のワゴン車がゆっくりと止まる。 
運転席で自分を見つけ、手招きする彼の姿に心臓が跳ねた。 
 
 来た!ホントに来ちゃった!! 
 
ドキドキと嬉しさで駆け出しそうになるのを精一杯止めて。 
それでも我慢できずに小走りで車に近寄る。 
運転席の彼が笑って手を伸ばし、助手席のドアを開けてくれた。 
 
「……よ。乗ってくれ、ちょっと狭いけど」 
「はいっ。…お邪魔します」 
 
助手席に乗り込んでシートベルトを締める。 
腕が触れる事なんてバイト中には何度もあることなのに、彼の車という閉鎖空間にいるだけで特別な気がして。 
恥ずかしくて、気づかれないように少しだけ身を縮める。 
 
「駐車場行って車置いてから来ようと思ってたんだけど、一応見に来て良かったわ〜。待たした?」 
「いえ、来たばかりです」 
 
発車のために後ろを確認しながら聞かれるのに決まり文句を返すと、照れたような顔で彼が笑う。 
 
「……来るかどうか半信半疑だったんだけどな。気付かれない可能性もあったし…おまえの予定も聞いてなかったしな。大丈夫だった?」 
「予定は無かったです。でも、ちゃんと表に書いてくれないと…見逃したらどうするんですか」 
「そしたら洞察力が足りないってイジメる」 
 
笑いながら言われるのに頬を膨らませかけた彼女が、慌ててすまし顔に戻る。 
 
「お?絶対言い返すと思ったのに。…どした、おまえ今日はおとなしいな」 
「いつもですよ?」 
「いーやぁ?いつもなら”ヒドーイ!!もう先輩なんてキライですっ!”って言われてオレが傷つくとこだ」 
「私が傷つくとこはスルーですか!」 
「あれ?いつ傷ついた?オレメチャクチャ可愛がってんじゃん」 
「ひどいこといっぱい言われましたよ!?先輩覚えてないでしょうけど、夏にだって…」 
「スーパーで?」 
 
言い返されて一瞬怯む。 
逢ったことも覚えてないと思ってたから。 
 
「………覚えてるんですか?」 
「覚えてるよ。……タイムセールの完ペキサポートほめたのに、おまえ怒っちゃってさ。嬉しくないっていうから、女の子はそういうモンかと思って。その後ちゃんと、髪がキレイだっつっても可愛いつっても、おまえ聞かねーし?」 
「だってそれは先輩が……!!」 
 
体ごと向き直った彼女の頬をぶに、とつまんで彼が声を立てて笑った。 
 
「そーそー、それそれ!その反応じゃねーと。おまえの跳ねっ返り、気に入ってんだから」 
「気に入って、って先輩が言ったんじゃないですか!”ちょっとはおしとやかにしろ”って」 
「そんなこと言ったっけ?」 
「ずぅっと前にアンネリーで言われました!!」 
「……じゃあ、前言撤回。オレといるときは、そのままで」 
「………ズルい…」 
 
顔が熱くなるのが、恥ずかしくて悔しくて。 
彼女はいつも通り、ぷくと頬を膨らませた。 
  
◇     ◇     ◇ 
  
「………どこに行くんですか?」 
 
公園通りはとっくに遙か後ろに過ぎ去っている。 
まさかスーパー…と考えかけてハンドルを握る彼におそるおそる問いかけた。 
 
「ホテル」 
「え?……ホ、ホテルって!!?」 
「弁当のお礼にうまいモン食わせてやろうと思って、ホテルのレストランに……あ、おまえ今いかがわしい事考えたろ〜?」 
「か、か、考えてませんっっ!それにお礼なんていりません!」 
「二ヶ月も毎週食わせてもらったんだから、そうはいかねーよ。………実験台だけどな」 
「そうです。だからお礼を言うのはこっちですっ」 
「…………誰に作ってたの?」 
 
ふと、彼が前を向いたまま呟いた。 
いつものおどけた口振りではなく、真剣に。 
 
「……え…誰に…って、先輩に」 
「そうじゃなくてさ。実際食ってたのはオレだけど、誰かに作ってやりたいから練習してたんじゃねーの?……学校のヤツか?」 
 
彼女がぶんぶんと首を振って、言い訳を探す。 
完璧だと思っていた理由にそんな落とし穴があったとは!と驚愕しながら。 
 
「作ってあげたい人なんていません。本当に練習してただけですからっっ」 
「隠すなって。あんなウマイ弁当作って……誰にやるのかオニーチャンは非常に気になる。…お、ホテル見えてきたぞ」 
「だから本当に誰にも…っっ……ちょ、先輩!ホントにやめてください!」 
「大丈夫だって、今月は余裕〜」 
「そーゆー無駄遣いするからご飯食べれないとかっっ………!!!」 
 
慌てて口を塞いだ彼女を驚いたように見て、彼が黙って路肩に車を止めた。 
考え込むように沈黙する彼と、失言に混乱して何も言えない彼女。 
数秒後に車内の静寂が彼の大声で破られた。 
 
 
「…………あ〜〜!!おまえもしかしてあの時のこと」 
「違います!」 
「実験台とか言って…」 
「違います!違うったら違うの!!」 
 
否定すればするほど、それは事実を彼に伝えて。 
顔を真っ赤にして俯いた彼女の頭に、真咲が大きな手をふわりと置いた。 
 
「…………そっか、いつかお嫁さんに行くときの練習、だな?」 
「……そ…です」 
「今は特に作りたい人がいるってんじゃなくて、な」 
「……はい」 
「ん、分かった。 …いい子だな、おまえは」 
「……………」 
 
ぐしゃぐしゃと乱暴に頭を撫でた真咲は、照れた顔を見られないように、彼女が頭を上げられないうちに車を発進させた。 
  
◇     ◇     ◇ 
  
その後ホテルの前を素通りし、連れていってくれた喫茶店で彼のお薦めランチを食べて。 
”うまいだろ?”と聞かれるのに頷くしか出来ないほど本当においしくて。 
ちゃんと公園通りでウィンドーショッピングしたり、小さなペットショップに入ったり。 
”おまえにそっくりだ”とブルドッグの子犬を指さして笑われて、怒ると”やっぱそっくりだ”とまた笑われたり。 
何度も頭を撫でられたり、笑いかけられたり、たくさん色んな事を話して。 
そうしている内にあっと言う間に夕方になって、自宅の前でついに車が止まった。 
 
「楽しかったです。ありがとうございました!」 
「ん。………あのさ」 
「はい?」 
 
少しためらうように言い淀んで、彼が照れ笑いと一緒に口を開いた。 
 
「オレまた誘うから、時間作れ、な? そんでピンチになったら、また弁当作ってくれるか?」 
 
大切な、特別な、やりとり。 
終わってしまったと思っていたそれを、意地っ張りな自分がもう一度手に入れた。 
 もっと素敵なオマケまで付けて。 
 
「……はいっ!」 
「お。……んじゃまたな?」 
「おやすみなさい」 
 
手を振って別れて、玄関ドアの内側で大きく息をつく。 
彼の車のエンジン音が遠くなっていってから、彼女は料理の本とにらめっこするために階段を上った。 
彼の電話と経済的ピンチが早く来るのを、少しだけ祈りつつ。 
  
おわり   |