| 無言で車を走らせる彼。話すきっかけが見つからない彼女。目的地がある事が車の走らせ方で何となく分かる。
 沈黙している内に海岸が見えてきて、やがてブレーキが小さく鳴いて車は止まった。
 
 先に降りて砂浜を歩いていく彼について行くと、少し小高い丘に灯台が見えてきた。
 友達に聞いた伝説が頭をよぎって、彼も羽ヶ崎学園の卒業生だったことを思い出した。
 
 建物に入り、階段を上って。
 一つだけあるドアを開けたら、目の前一面に夕日の海。
 その光景に目を奪われたまま、彼女が小さな声で呟いた。
 
 「……………きれい…先輩はここに来たことあるんですか?」
 「…うん。一回だけ、な」
 「……好きなひとを…待ってたんですか?」
 「うん………来なかったけどな。…だから今日はおまえと来れただけで嬉しい。……卒業、おめでとう」
 
 そう言って振り返った彼が、優しく笑う。
 彼女もつられて緊張していた肩の力を抜いて微笑んだ。
 
 「真咲先輩。………先輩も、お誕生日おめでとうございます。遅くなってごめんなさい」
 「おう、サンキュ。……歳取りたくねぇけどな」
 「…ふふ。でもプレゼントがあるんです。……あの、これ」
 
 大きな花束を持ったまま苦労して、ポケットから小さな箱を取り出して。
 片手で差し出すと、驚いた彼が気まずそうに言い淀んだ。
 
 「………オレに?……でも、オレおまえの誕生日に何にも思いつかなくて…」
 「いいんです。………開けてみてください」
 
 そっと小箱を彼女の手のひらから持ち上げてみる。
 よくドラマでヒロインが指輪を貰うときに見るような形、大きさ。
 真咲がおそるおそるリボンを解いて、ふたを押し上げた。
 
 「……………おまえ、これ……!」
 
 黒いビロードに埋もれるように、真っ白く光るリングのピアス。
 どう見ても高級そうなそれに、彼の顔に困惑の色が浮かんだ。
 それでも彼女はふわりと微笑んで、つけてみてください、とだけ言って。
 少しためらいながらも、彼がつけていたピアスを外して、小箱の中身を取り出す。
 真新しい純白のピアスは、彼の耳につけられて夕日の金色に煌めいた。
 
 「…………良かった、すごく素敵です。…それで、ですね…私の18歳のプレゼントに、そのつけていた方のピアスが欲しいんですけど」
 「え!?……でもコレ、安物だぞ?ピアス欲しいならちゃんとしたの、プレゼントするから」
 「ダメです。それがいいんです」
 
 強くそう言った彼女に、外したピアスに視線を落とし、ため息をついて。
 諦めたようにそれを貰った箱に入れて差し出す。
 彼女は大切に小箱を握りしめるとそれを胸に抱いて、嬉しそうに微笑んだ。
 
 「………ほんとに安物なんだぞ?こんなもんでいいのか?」
 「はい!……先輩がずっとつけてたこれが欲しかったんです」
 「…………オレがつけてた、から?」
 
 こくんと頷いた彼女の髪を、潮風がさらさらと弄ぶ。
 風に乗って海に運ばれていく花びらを見送ってから、彼女が真咲に向き直った。
 あどけない顔に一瞬大人びた眼差しを宿らせて。
 
 「……今日で、高校を卒業しました。…もうピアスあけても怒られないし、昨日二大の合格通知も届きました。……これで四月から同じ大学に通えます」
 「は!?おまえ一大受けるんじゃなかったのか!?だって有沢が嬉しそうに合格間違いないって…」
 「黙っててごめんなさい。…だって、落ちたら恥ずかしいから」
 「落ちたらって、一大余裕のヤツが二大に落ちる訳ないだろ〜!?」
 「そんなの分からないじゃないですか!……だから、少し待ってて欲しかったんです。年の差は縮まらないけど、せめて子供じゃなくなるまで」
 
 ふっと寂しそうな顔。
 その言葉に、彼は自分の今までの言動を思い返した。
 自分の気持ちに気づかなかった間、彼女を散々子供扱いして、その度に彼女がどんな気持ちでいたか。
 気づいたからって手のひらを返すように好きだと言われても、信じられないかもしれない。
 真咲が額を押さえて言葉を探した。
 
 「でも、オレは……」
 「分かってます。先輩はそれを乗り越えて、私に好きだって言ってくれて…すごく嬉しかった。……でも、やっぱり高校生は子供です。色んな枷があって枠があって、何をするのも保護者の許可が必要で。…………私、これだけは自分の責任にしておきたかったんです」
 「……責任?」
 「ずっと夢みていた言葉を先輩がせっかく言ってくれたのに、あの時急に…真咲先輩の彼女になるっていう選択を子供のうちにしたくないって思って……ワガママなんです。ごめんなさい」
 
 申し訳なさそうにしゅんとして謝る彼女に微かに首を振って。
 彼が慰めるように彼女の頭を撫でる。
 大きな手の下で彼女は顔を赤くして、言いにくそうに声を落とした。
 
 「
  それに、あの時は………」 「あの時は?」
 「ぱ……パジャマだったし…っっ」
 「…………は?」
 
 待たされた理由の結構な割合を占めているのだろう、彼女がごにょごにょと続けて言い訳をしている。
 
 思い切り泣いてしまった後だったから目が腫れてて恥ずかしかったし、とか。
 近くにいるって気づいて思わず飛び出してしまって後悔していたし、とか。
 でも気づかなければ危なく帰ってしまうところだったじゃないですか、とか。
 
 それを聞いた真咲が脱力し、よろけて後ろの鉄柵にもたれかかった。
 
 「……お…まえな〜……あれで、もうダメだと思ったぞ………」
 
 それ以上言葉が出ず盛大にため息をつく彼の懐に、そっと彼女が潜り込む。
 小さな暖かい体を、もう言い訳せずに抱き締めていいのかとためらう袖を引いて。
 真咲の顔を見上げた彼女が小さく手招く。
 いつものナイショ話の合図に、屈んで耳を寄せた彼の頬を捕まえて、彼女がそっと唇に重ねた。
 
 「…………私も、ずっと先輩のことが好きでした」
 「……………今度は本当だろうな?からかって遊んでんだったらオレはもう立ち直れねーぞ?」
 「からかってなんかいませんってば!……好きになったの、私の方が早かったんですからね!」
 「嘘、マジで?いつから?………何だよ〜早く言えよ、そういうことは…」
 「先輩だってそうじゃないですか!…結構泣かされたんですから……」
 
 ぷく、といつものように頬をふくらませた彼女を見て、彼がやっと安心したように腕に力を込めた。
 
 「…………ちゃんと続き、言っとかないとな。
  優月、オレと付き合ってくれ……る?」 「あの…はぃ…私で良かったら、喜んで」
 「………もう一回、オレからキスしてもいいか?」
 「え…っと…そ、そういうのは聞かないでやってください!恥ずかしいからっ…」
 「そっ、か…そうだな。うわ、何かオレめちゃくちゃドキドキしてる。中坊みてー………」
 
 言いながら降りてきた唇を、彼女がきゅっと目をつぶって受けて。
 心臓の音が潮騒をかき消すほど大きく聞こえる。
 やがて唇が離れて、ものすごく照れた顔の彼は”帰るか”と呟いて彼女の手をしっかり握った。
 
 『恋人つなぎ』で手をつなぎ、砂浜を並んで歩きながら彼を見上げる。
 その耳には、沈んでいく夕日に光るピアス。
 小さく彫り込まれた自分の名前に彼が気づくのはいつだろうと、彼女は一人くすぐったそうに笑った。
   おわり  |