| 日曜日のAM10:00。自宅前に止まった車のエンジン音を聞いて、彼女が玄関を出る。
 小春日和の暖かい太陽に、一瞬眩しそうに目を細めてから運転席の彼に手を振った。
 真咲がそれを見て笑って、助手席のドアを開けてくれる。
 
 「よ。…さー乗った乗った!ちょっと狭いけど、我慢な?」
 「大丈夫です、お邪魔しまーす!」
 
 そう言って乗り込むのもいつも通り。
 彼のツンツン頭も、乗ると車内にふわりと広がる彼女の香りもいつもと同じ。
 ただその日違ったのは、バレンタインの日から考え抜いた作戦を彼女が胸に秘めているという事だけ。
 
 「んじゃ出発すっぞー?」
 「はぁーい」
 
 シートベルトを締めると、彼がハンドルを握ってアクセルを踏む。
 それを合図にするように、サイドブレーキに置かれた腕にするりと手を絡ませた。
 
 「………ん?なんだ?」
 「何がですか?」
 「…いや……ほら、手がー…」
 「ダメですか?」
 「いーやー…ダメじゃないけど。……なんだ、今日は甘ったれだなぁ〜?」
 「そうです。今日はお兄ちゃんにあまあまモードなんです」
 「そっか、おまえは可愛いな〜…よし苦しゅうない!思う存分甘えるが良い!」
 「わ〜い!」
 
 その言葉を聞いて彼女の目がキラリと光ったのを、運転中の彼は知る由も無かった。
   ◇     ◇     ◇   AM12:30。ファーストフードで昼食。
 少し混み合う店内で、一緒に会計に並んでいた彼女が、真咲を見上げてふわりと笑う。
 
 「お兄ちゃん、手つないでもいい?」
 「あ〜…手、な……はいよ?」
 
 そう言って彼女の手を取ると、この上なく嬉しそうな顔できゅっと握る。
 その後、席に着いて食べ始めてもほどなく。
 
 「お兄ちゃん優月のも食べて。はい、あ〜ん」
 「…!?………あ………〜ん。…」
 「おいしい?…お兄ちゃんのも、食べたいな〜」
 「………ホレ」
 「わ〜い、お兄ちゃんありがと!」
 「………………」
   ◇     ◇     ◇   PM2:00。海までドライブ。
 海浜公園の駐車場に車を止めると、彼女が可愛らしく腕を引く。
 
 「お兄ちゃーん、海だよ!砂浜下りようよ〜」
 「あぁ、うん。……下りよう、な?」
 「やった、早く行こう!」
 
 腕を組んだまま砂浜に下りると、遮られることのない北風が吹き付ける。
 腕に隠れるように密着した彼女は、それでも寒そうに潤んだ瞳で真咲を見上げた。
 
 「寒い……お兄ちゃん、ぎゅってして」
 
 そこでついに彼が空を仰いで、大きなため息をついた。
 肩を落として降参を告げるべく、口を開く。
 
 「……………優月、あのな?」
 「なに?お兄ちゃん」
 「………い、や…その”お兄ちゃん”っての…可愛いんだけどさ」
 「うん、なに?」
 「………う…〜ん、と…それやめねぇかな〜って」
 「どうしてお兄ちゃん?」
 「……お願いします、やめてください」
 「え〜、どうしてですか?すっごく楽しいからやめたくないですけど」
 
 いつもの口調に戻った彼女に、ほっと息をついた真咲が照れた顔で頭を掻いた。
 
 「なんか……複雑なんだよな、何でか分かんねーけど。悪いことしてる気分になる……」
 「悪くないですよ?先輩にさわるの楽しいです。…お兄ちゃんにくっついてるとあったかくて気持ちい〜v」
 「……あ〜…頼むから!さわるのはいいんだ、ドンドンやってくれ。ってかもう好きにしてくれ。……お兄ちゃん、だけやめて。ホントに!」
 
 手を持ってくるりと懐に潜り込んでくる彼女に、彼が情けない声を出した。
 彼女がそのままの体勢で意地悪く彼を見上げる。
 
 「……どうしようかな…じゃ、やめてあげてもいいですけど。さわるのはいいんですよね?」
 「おう。それはイヤじゃないから……てかむしろ楽しい?」
 「じゃあもう許してあげます。これからは気をつけてくださいね!」
 「ハイ、スイマセン……って、オレなんかしたっけ?」
 「しました!……けど、ナイショです」
 
 彼女がようやく溜飲の降りた胸を弾ませて、彼の懐で小さく舌を出した。
   おわり  |