いつもと変わらない朝。 
キングスベリーも港町も天気が良く、荒れ地でさえ少し霧が薄くて。 
それなのに、何故か空気が湿気を帯びていて不吉な感じはしていた。 
 
「雨が来るかも知れないよ。」 
 
薪をくれるに告げる。 
 
「そうなの?こんな良いお天気なのに残念ね。じゃあお洗濯はやめておくわ、ありがとね。」 
 
悪魔のオイラの言うことをまったく疑わず、彼女は微笑んで礼を言う。 
彼女に微笑まれたり、誉められたり、お礼を言われたりするとなんだか変な気分になる。 
くすぐったいような、恥ずかしいような、ふわふわしたおかしな気分。 
それでつい、色々な事をやってあげたり言ってあげたりしてしまう。 
 
「変な感じがするんだ。イヤな感じ。」 
「そう…買い物に行くつもりなんだけど…。でもいいわ、ちょっと市場まで行くだけ。降ったらすぐ帰ってくるから留守番お願いね、カルシファー。」 
 
そう言ってマルクルと出掛けてしまった。 
 
幾らもたたないうちに、彼女が出ていった青の扉の外は、悲鳴と、轟音と、火薬の匂いに包まれて。 
 
 油断してた!イヤな感じはあったのに! 
 
慌てて遠視で探すと、無事に扉の近くまで逃げて来ていて。 
そのまま城に駆け込んで、荒い息をつく。 
 
だけど、本当の嵐はここからだったんだ。 
 
 
 
ハウルが叫びながらすごい勢いで階段を駆け下り、に詰め寄った。 
金の髪のまじない瓶の順番を、彼女が掃除の時に動かしてしまったらしい、だけど。 
 
『なんという屈辱』 
『美しくなかったら生きていたって仕方がない』 
 
責任を感じて一生懸命慰める彼女に。 
容姿にコンプレックスを持っている上に呪いで90歳にされてしまった18の女の子に。 
……それは、決して言ってはいけない言葉だった。 
 
一瞬、彼女の身体が硬直して。 
それでも気丈に声を掛けて。 
 
しつこく絶望し続けるハウルに、が後退さる。 
 
「…もうハウルなんか好きにすればいい!私なんか美しかったことなんか一度もないわ!!」 
 
悲痛な叫びを残して、彼女が出ていった緑の扉からは濃厚な雨の匂い。 
外を視ると、土砂降りの中、は悲しそうに泣きじゃくっていた。 
 
カブが駆けつける。 
手にした傘にかかっているのは、悲しみを癒やす魔法。 
それに少しだけ元気が出る魔法を混ぜて、彼女を包む。 
そこまで視て、室内に戻った。 
 
「マルクル、オイラ消えちゃうよ!早く、早くを呼んできて!」 
 
それを聞いて、おろおろしていたマルクルが弾かれたように外へ飛び出して。 
闇が取り巻くハウルと二人になってから、おおげさに溜め息をつく。 
 
「……こんなとこイヤだってよ。」 
 
何の反応も示さなかったハウルの身体が、ピクリと動いた。 
 
「……別にオイラには関係ないんだけどさー…あのカカシが行ったぜ。」 
 
一瞬にして不気味に鳴いていた精霊達の気配は消え、空気が正常に戻る。 
もう一度外を視ると、ちょうどマルクルがの手を引っ張ってくる所だった。 
 
 
カブの魔法はさすがと思える出来だった。 
それに比べてハウルは、マルクルに洗われ、に寝かされて…情けないとしか言いようがない。 
唯一マシだったのはこの言葉だけ。 
 
『行かないで』 
 
 
 
悪魔のオイラは、一人で生まれた。 
魔法で出来ないことは殆ど無いし、有り余るほどの寿命もある。 
それに比べて人間ってヤツは、馬鹿で無力ですぐ死ぬ。 
自分が人間になったら…なんてバカバカしくて考えたこともなかったけれど。 
 
それが、もし「彼女と共に生きる」という事なら……人間もいいなって、ちょっとだけ思った。 
FIN.  |