『カルシファー!スピード落ちてるぞ!』 
「わぁーってるよっ!この辺は岩が多いから当たり前だろ!?」 
『これじゃ間に合わないぞ!?気合い入れろよ!』 
「やってるよ!…ったく、うるせぇな。そんなにその女が大事なら先に言っとけっつぅの!」 
 
物見台から落とされる雷に、カルシファーがこぼした。 
 
真夜中に起こされてただでさえ魔力が不足気味なのに、風呂に湯を送り、ミルクを湧かして、卵を焼いて、夜明け前に出発。 
 
彼が幼い頃、心臓と引き替えに自分を呑んだ時に出会ったという星の光の少女。 
先の時間のオーラに包まれていたというその少女と、現実に出会う日が遂に来たと分かったのは三日前らしい。 
椅子に腰掛け水晶を覗いた途端、訳の分からない事を口走りながら出て行き、帰って来たのは次の朝。 
箱に入った服やら靴やらをいくつも抱えて階段を駆け上がってから一日中、部屋にこもっていた。 
そして昨日は電池が切れたように、ずっと眠って。 
わがままや気分屋はいつもの事と放っておいたら、今日になった途端に起こされ、怒鳴られている。 
 
「…正午までに街に行けなんて絶対無理なんだよ……見ろ、もう十一時だ。」 
 
柱時計が数を刻むのを恨めしげに見上げながら、カルシファーは半ばやけくそで蒸気を送った。 
 
 
 
 視線を感じる。 
 
街に入って、気の向くまま歩き回っていた彼の背後に、いつのまにか妙な圧迫感がつきまとい始めた。 
粘り着くような、呑み込まれるような、嫌な感じ。 
 
 こんな時に見つかるとは…ツイてない。 
 
彼は舌打ちして、さりげなく足を早める。 
 
 まだ様子見か…まいったな、捲ければいいんだけど…。 
 
走ろうかと思いつつ角を曲がると、軍服が道を塞いでいる。 
どうやら小柄な女の子をナンパしているらしい。 
 
 飛ぼうか…でも軍服の前ではマズイなぁ…。 
 
考えながら近づいて行って。 
暗がりにその姿がはっきり見えた時。 
彼は、追われている事も忘れて、立ち止まった。 
 
髪の色も、服の色も違うけれど。 
遠い昔、一度見たきりだけれど。 
でも、間違えるわけはない。 
 
強い意志を輝きに変えて身に纏い、自分を未来で待っていると叫んだ少女。 
つらい時も、怖い時も、それを頼りになんとか切り抜けてきた。 
いつか出会えることを、疑ったことはない。 
でも、本当にその事実に直面すると、夢の様で。 
 
 …だ!! 
 
無いはずの心臓が跳ねた気がした。 
しかし、同時に鷲掴みにされるような痛みも。 
それで、後ろの気配が距離を詰めて来たのを感じて。 
 
いつもは優柔不断な彼に、迷いはなかった。 
 
彼女を庇い、軍服から救いだし、空へ飛び上がる。 
彼女が怖がらないように、余裕の笑顔で。 
それを努力する必要はなかった。 
 
いつもの彼なら蒼白になるであろう切羽詰まった場面でも、彼女が隣にいて、手をつないでいてくれる。 
 
 これから、ずっとそうだといい。 
 いつも隣に居てくれればいい。 
 
逃げるというより空中散歩の様な風情で浮かびながら願う。 
 
安全な所に降ろしてから、少女の手をそっと離す。 
自分が他人の為に囮になるなんて今まで考えたこともなかったけれど。 
 
自分の言葉に素直に頷く少女の、美しい瞳に誓う。 
 
 君が僕の隣に居てくれて、もし僕のことを好きになってくれたら。 
 いつか、きっと伝えるから。 
 
 『僕は君を守りたいんだ』ってね。 
FIN.  |