「 よいしょっと」 
 
普段は買い物に使う大きめの籠に、シャツやシーツを詰め込む。 
水気を含んだそれは、かなり重くて。けれどその重さを感じないかのように、はにこにこと笑いながらテラスに出た。 
 
「いい天気ねーぇ」 
 
澄み切った快晴の空。雨雲よりも上空を飛べるこの城では物珍しくはないけれど、それでも見ていると心まで晴れ渡る気がする。 
は物干し台の下に籠を置くと、鼻歌を歌いながら手際よくそれを干し始めた。 
 
 
 
「…………」 
 
あらかた干し終わった頃、部屋の方から暗い声がして、ハウルがよたよたと歩いてきた。 
 
「ハウル、遅いわよ。こっちはもう干し終わっちゃったわ」 
「!重いよこれ!」 
「だから私がそっちを持つって言ったのに」 
「そんな、君に重い方を持たせるなんてできるわけないだろ!」 
「あら、私の方が力はあると思うわよ。ハウルなんてか弱いじゃない」 
「ひどい……!僕、こんなに一生懸命がんばってるのに!」 
 
ハウルが大げさにうちひしがれると、テラスの向こう端でマルクルがくすりと笑った。 
 
「お師匠様、魔法でやればいいのに……」 
「に誉めてほしいんだろ」 
 
新聞を読みながらやれやれとため息をつくおばあちゃんに、マルクルは少しだけ肩をすくめてヒンを撫でた。 
師匠が星色の髪の少女にまとわりついているときは、できるだけ邪魔をしないのが利口だと知っているから。 
 
「……いい天気だね」 
「ほんとにねえ」 
「ヒン!」 
 
だから、マルクルとおばあちゃんとヒンは二人の会話に関わらないよう、素知らぬ顔を決め込んだ。 
 
 
そんなことを思われているとは知らず、ハウルは洗濯籠を引きずるように運び終えると、ふうふうと息を弾ませて尻餅をついた。 
 
「あー…つっかれた……」 
「はい、ご苦労様」 
「苦労したよー」 
「手伝ってくれて嬉しいわ」 
 
嘯く彼を軽くあしらいながら、は籠から新しい洗濯物を取り出す。 
ハウルは座り込んだまま、次々と留められていく布をじっと見上げて。 
そして徐に、ぼそりと呟いた。 
 
「……ご褒美は?」 
「え?」 
 
は鼻歌を止め、不思議そうにハウルを見た。 
 
「僕、今日は朝から食事の支度も手伝ったし、ヒンの餌も替えたし、洗濯物も運んだよ。 
 ごほうびをくれてもいいと思わない?」 
 
不満げに唇をとがらせる彼に、ため息をひとつ。 
 
「……あのねえ、ハウル。ご褒美がほしいからお手伝いをするのは間違ってるわよ?」 
 
それに、ハウルはたいした手伝いをしたわけではない。 
食事の支度は皿を出しただけだし、ヒンの餌はマルクルが甲斐甲斐しく世話しているのを横から手を出しただけ、洗濯物は引きずりながらここまで運んだだけ。 
その程度のことで褒美をくれというのならば、毎日頼みもしないのによく手伝ってくれるマルクルやカルシファーにこそお礼をしなければならないだろう。 
 
がそう言うと、ハウルはますますふてくされた顔になって、ぷいとそっぽを向いた。 
 
「は意地悪だ。僕はごほうびのためじゃなくて、のためにやったのに」 
「……ハウル」 
「が喜ぶと思ってやったのに。そんなことを言うなんて……」 
 
瞳に涙をためて唇を噛む彼をしばらく見つめ、もう一度ため息をつくと、は洗濯物を持ったままハウルの前にしゃがみ込んだ。 
 
「ハウル。私が悪かったわ、ハウルがお手伝いをしてくれたのは本当だものね」 
「」 
「お洗濯がすんだら、ハウルのためにクッキーを焼きましょうか」 
「僕のために?」 
「そう、ハウルのために」 
 
そう言って優しく頭を撫でると、ハウルは嬉しそうに頷いた。 
 
「じゃあ、もう少しお手伝いしてね。こっちの籠を台所に戻してきてくれる?」 
「分かった!」 
 
勢いよく立ち上がり、籠の持ち手をひっ掴んで走っていくハウルに、は柔らかい笑みを向けて。 
その姿が部屋に入るまで見送ると、残った洗濯物を片づけるために急いで立ち上がった。 
 
 
 
「あの子もハウルの扱いが板に付いてきたねえ……」 
「クッキー、僕にもくれるかなあ?」 
 
少し心配そうに呟いたマルクルに、おばあちゃんは意味ありげな笑いを浮かべた。 
 
「もらわない方が、きっと身のためだと思うよ」 
「……………。」 
 
クッキーを受け取ったときの師匠の反応を予想してみて、マルクルは一瞬だけ頬を引きつらせた。 
FIN.  |