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 上を向いて歩こう 4 

カラン、カラン。

いつもの音を立てて、ドアが開く。
振り向く前に、俺はいつもの笑顔を作った。
「よう。いらっしゃい」
「こんにちは!」
ふわりとスカートを翻して、彼女が元気よく入ってくる。
「今日も可愛いね、ちゃん」
俺が言うと、彼女は明るく照れ笑いをした。
「昨日、放課後ショッピングに行ったんですよ。ほら、こないだ連れてきたなつみんと一緒に。
 で、このスカート、あんまり気に入ったんで買っちゃいました。もーお小遣いピンチ!」
「おやおや。でも、放課後に寄り道なんかすると誰かさんに怒られちゃうだろ?」
「そーなんです!先生が指導に出てて、なつみんと焦る焦る!もうちょっとで見つかるところでした〜!」
「想像できるなあ」
俺は苦笑しながら、いつもの材料をシェーカーに放り込んだ。


彼女がひとりでここに来たあの日から、もう一ヶ月半が経つ。
俺の言葉通り、彼女は度々ここを訪れ、ただ色んな話をして帰っていく。
学校のこと、友達のこと、家族のこと。中でも、一番多いのが零一の話だった。
しばらくは決して零一の話をしたがらなかった彼女だったけれど、日が経つにつれて話すことが多くなった。
授業で当てられた話。抜き打ちテストの話。課外授業の話。
端から見ると、彼女はまるであの出来事など忘れたような様子で、まったく普通に零一に接しているようだった。

それは、彼女に比べればまれにしか来ない零一からも、聞かれた言葉だった。
『彼女の気持ちがよくわからない』……と、零一は言っていた。
あんなにひどい言葉で彼女を傷つけたのに。しばらくしたら、ごく普通に対応されている。
それは、彼女が零一を見限ったからなのか、それとも逆なのか。それが零一にはまったくわからないらしい。
俺は、おそらく逆だろうなとは思ったけれど、口には出さなかった。
いつも倖せそうに零一の話をする彼女のことを、伝えて安心させてやりたかったけれど。
そんなことをして、せっかくうまく行きかけていることが徒にならない保証はなかったから。

「……でもここ、そう言えばちょっと変わっちゃいましたね」
彼女が、店内をきょろきょろ見渡す。
「昼間は喫茶にすることにしたからね。ちょっとソレらしくしてみただけ」
今までも、常連がコーヒーを飲みに来ることはあったけれど、昼も営業していることを知っている客はそんなに多くなかった。
でも、彼女が常連になってから、昼の間だけはきちんと喫茶店の装いを出すことにした。

立地的には表通りに面していて、別に怪しい路地にある店ではないけれど。
どう考えても、昼間っから女子高生がジャズバーに入り浸るのはヤバすぎる。
もちろん、大幅に改装というわけではないので、彼女の友達藤井さんなんかは、『すっごい雰囲気のある茶店だね!』なんて驚いていたようだった。

「……じゃあ、これはピンチの君へのプレゼント」
レッドチェリーを飾った淡いオレンジのカクテルグラスを、カウンターに置く。
「わぁ!私コレ、大好きなんです!
 おいしいのもあるけど、カクテルグラスに入れるとただのジュースじゃないみたいにキレイ……」
いつもの台詞で、さっそく口を付ける。
「でも。ダメですよ、いつもいつもおごってくれちゃうんですから」
「いいって。そのぶん、零一から金取るからさー」
「だ〜めです!そんなの、先生に負担させられません!」
アハハと笑って、彼女はトートバッグをカウンターに上げた。
「そう言われると思って、策を講じてきました。
 お金でダメなら、じゃあ、原材料調達ってことでどうですか?」
取り出したのは、オレンジジュースとレモンジュース、それにパイナップルジュースのボトル。
しかも、俺の店で使ってるブランドと同じもの。
呆気にとられる俺に、彼女は会心の笑みを浮かべた。
「……特別なルートでしか手に入れられないって言ってたでしょう?
 残念でした。売ってるお店、見つけちゃいました!」
「えぇ?」
半ば本気で、俺は驚きの声を上げた。

このブランドは日本では手に入りづらくて、いつも馴染みの卸商に無理を言って仕入れてもらっている。
特に、彼女が例のシンデレラを好むとわかってからは、ハンパじゃなく消費量が増えてしまって。
けれど、バーテンのささやかな拘りで、自分の認めたブランド以外のもので代用したくなくて。
どうするか、悩んでいたところだった。

ちゃん、どこで見つけたの!?」
「へへへ。女子高生のサーチ能力をなめちゃダメですよー」
「わかった。降参する。だから教えて!」
大げさに拝む俺を尻目に、彼女は楽しそうにそっぽを向いた。
「どうしようかなぁ〜。何をしてもらおうかなぁ〜」
「……ちゃん……」
「うっそですよ。あのね、なつみんが教えてくれた個人輸入のお店があって、そこにあったんです。
 私もメーカー名は覚えてなかったんですけど……飲んでみたら、風味に覚えがあったから」
にこにこと話す彼女。
ブレンドされたジュースの風味を利き分けるほど飲んでいたっけ、と思いながら、俺は身を乗り出した。
「うんうん。で、店の場所は?」
少しむっとして、彼女は頬を軽くふくらませた。
「なんか、教えちゃったらそれっきり感謝されなさそう……。」
「そ、そんなことないよ!」
「あやしいなぁ。……じゃあ、必要なときは言ってください。私が買い出しに行くことにします」
「えーっ?」
「えーじゃないです!とりあえず、二本ずつ買ってきましたから。
 これで今までのおごり分はチャラですよ!」
屈託なく言って、彼女は残りのボトルを取り出し、俺に押しつけた。
「あーあ。おごりじゃないカクテルは美味しいなぁ。マスター、もう一杯!」
「ハイハイ。ったく……」
店の場所を聞き出すことを諦めて、俺はもらったばかりのボトルの栓を開けた。

「じゃあ私、ちょっとお化粧室行ってきますね〜。出てくるまでにカクテルお願いしま〜す」
しれっとした顔でそう言い、ポーチを持ってスツールを降りる彼女。
「……化粧なんかしてないくせに、生意気な」
「してますよ!もー、失礼です!」
「ファンデとリップだけじゃ、化粧とは言わないんだよ?お嬢さん?」
可愛い顔をゆがませてあっかんべする、その顔に笑いかけ、俺は化粧室へ消えていく彼女を見送った。

その表情が。自分で引きつるのがわかった。

カララン、カラン。
ドアベルが、聞き慣れた音を立てる。

「……しばらく来ないうちに、内装を変えたか?」
聞き慣れた声。

「…………零一」
小学校時代から見慣れた、親友の顔が、そこにあった。

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