ぱしゃぱしゃと甲高く水を跳ね上げて、雨は絶え間なく降り注ぐ。
ショッピングモールの軒先で、もう長いことそれを見上げながら、少女は小さくため息をついた。
午後から雨になるという予報は知っていた。けれど、家を出た時は怪しそうな天気ではあってもまだ降っていなかったし、傘があれば大丈夫だろうと楽観視していたのだが。
その結果が、これ。
どちらかというと嵐に近い、暴風と大雨。傘など役に立ちそうもない。
手元には、なんとなく買ってしまった大荷物。
今考えると自分でも間が抜けているけれど、だからといって返してくるわけにもいかない。
ショッピングモールから自宅までは、普通に歩けば20分。バス停まで歩くだけでもびしょぬれになってしまうだろうし、雨の日ならではの混んだバスに濡れたまま乗るのも気が引けた。
少女はもう一度空を見上げ、ふと、連休前の彼の言葉を思い出した。
『GWは、会社も学校も休みだからね。一日だけ用事が入っているけれど、その日以外は空けられるよ』
そういえば、その用事があるといっていた日は、確か今日だったはず。
なーんだ……、と、またため息をつきかけて。
少女は一瞬、自分の考えたことに驚いて目を見張った。
そのとき。
もう聞き慣れた着信音が、バッグの中から聞こえてきた。
びくりと肩を震わせて、携帯を取り出すかどうか迷う。
そうしているうちに携帯は自動的に留守録に切り替わり、音が止む。
「あ…っ」
慌ててバッグをかき回し、少女は躊躇う暇なく通話ボタンを押した。
留守録に何かを伝言しかけていたらしい言葉を止め、いつもの優しい声が彼女を呼ぶ。
『?』
「……………」
『突然電話してすまないね。今、大丈夫かい?』
「……………」
『?』
「あ、は、はい」
『……後からかけ直そうか?』
周りに配慮するような声音は、今の彼女の気持ちからすれば少し重くて。
けれど気付かれないように、首を振る。
「いえ、大丈夫です。なにか御用ですか?」
『いや……用というほどのことではないのだが。今、外にいるのではないかね?』
一瞬、ごまかそうかと思ったけれども、あまりに強い風と雨の音は電話の向こうにも聞こえてしまっているだろう。
けれど、そうだと答えてしまったら、彼の返答は容易に察しがつく。
少女がもぐもぐと言い淀んでいる間に、少し不思議そうな彼が、予想通りの言葉を紡いだ。
『外にいるのなら、迎えに行くよ』
「……えぇと……あの……」
少女は困り果てて口ごもった。
さっきまでなら、申し訳ないとは思うけれど、その言葉に甘えてしまったかもしれない。
けれど無意識にでも『迎えに来てくれたらいいのに』などと考えてしまった身としては、どうあってもそれを享受するわけにはいかない。
それでは、まるで。
自分に都合の良いように、彼を利用しているだけではないか。
「いえ、大丈夫です。傘もありますし、バスもあるし」
『この嵐では、傘など役に立ちそうもないよ?バスもかなり混雑するだろう』
「えと、まだちょっと……用事がありますし」
『終わる頃に迎えに行くから、場所を教えてくれれば良いよ。私の方の用事は終わったから』
「いえ、あの……」
やきもきと断る理由を探す彼女の態度を、天之橋は遠慮しているせいだと思っているらしい。
笑いながらついでにお茶でもしようと気遣ってくれる彼に、少女は思い余って口を滑らせた。
「あの!大丈夫です、その、送ってくれる人がいますから!」
『……………』
彼が沈黙を返してきて初めて、失言に気付く。
免許を持っている友人は結構いるし、それ自体は不自然ではないけれど、ここまで言い淀んだ理由が何かあると思われたかもしれない。
慌てる彼女を尻目に、こちらも少し焦った声で、天之橋は言葉を続けた。
『そ、うか……いや、すまない。その……別に無理を言ったわけではなくて。
水月さんからひとりで買い物に出かけたと聞いて……こんな天気だし、困っていたらと思って心配だっただけなんだ』
すまないね、と重ねて謝られるのに少しだけ泣きたい気持ちになって、少女はぷるぷると首を振った。
あらぬ事で誤解をされるよりも、実際思ってしまったことで幻滅される方がまだましだ。
少女は目を閉じて、電話を切ろうとしている彼に向かって小さく呟いた。
「……ごめんなさい、天之橋さん」
『うん?』
「ほんとは、ひとりで困ってたんです。でも……」
『……でも?』
「わたし……わたし、雨だからって、困ってるからって、天之橋さんが来てくれたらなんて思ってしまって」
『……………』
「御用があるって言ってたのに、自分勝手にそんな……利用するようなことを考えてたのが嫌で。
だから、今は来てほしくないんです。せっかくお電話頂いたのに、ごめんなさい」
言い切って、深く息をついた彼女の耳に、小さな含み笑いが聞こえた。
「……天之橋、さん?」
『』
あからさまに笑みを含んで、囁く。
『それは利用ではないよ。私に会いたいと思ってくれたのだろう?
そうこんな憂鬱な嵐の中でも、私と一緒にいれば嫌ではないと、素直に言えばいいんだよ』
「……!」
至極可笑しそうなその台詞に、先程の自己嫌悪も忘れて頬が染まる。
天之橋は悪戯っぽい声音で言葉を継いだ。
『さあ、ちゃんと本心を言ってごらん。きちんと言えたら、迎えに行ってあげよう』
「あ、あの……そのっ」
『言えないなら……そうだね、君は私と一緒にいたくないのだと誤解してしまうかもしれない。
それでもいいのかい?』
「……あ、天之橋さんのいじわる!!」
別の意味で泣きそうな彼女の抗議に、天之橋はくすくすと笑ってみせた。
FIN.
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