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 桜舞う季節 

さあっと、ここちよい春の風が吹き抜けるたびに、その風が桃色に染まる。
潔く旅立っていく無数の薄紅の破片を眺めながら、私は少しだけ息をついた。

可憐な花姿で目を楽しませ、心を和ませてくれたそれらも、時が来ればこうして旅立っていく。そして、無機質になった樹には緑が芽生え、実をつけ、やがて再び花が咲く。
けれど。その花は決して、以前と同じものではない。
そしてまた、その花も同じように旅立っていく。愛でられる時間は、ごくわずか。
それが、寂しいだけの行為だとは思いたくないけれども。
この花が咲くこの時期、妙にタイミングの合う符合に、感傷的になってしまうのも本当だった。

もう一度息をつき、私は視線を転じて校舎の方を見た。
春休み中の校内は、人気をあまり感じない。三年生が旅立っていった今、新入生が入学してくるまでしばらくは、いつもの活気もなりを潜めているようだった。

去年のこの時期、私は何を考えていたのだろうか。
毎年のこととはいえ、相変わらず忙しい年度変わりの業務に忙殺されながら、時間を空けることに苦心していた。この花達は今しか愛でることが出来ないのだからと、食事や睡眠の時間を削ってでも時間を空けて、花を見に行った。
そう彼女と一緒に。
同じ花見に何度も誘うのはおかしいかもしれないと危惧する私などそっちのけで、彼女はいつも嬉しそうに花を見て、笑って、乱れた髪を梳くと途端に頬を染めて俯いて。
高い場所に咲く薄紅を見上げている隙に、かすかに重みを感じた袖が胸を熱くしたのを覚えている。
その時は気付かなかった。否、気付かないふりをしていた。
彼女もまた、花々と同じように旅立っていってしまうのだということに。


もう一度息をつこうとしたとき、少し離れた場所にある教会の方から、呼ぶ声が聞こえた。
振り向く前に、顔が微笑んでしまうのが分かる。
突進、という言葉が相応しいかのように全速力で駆けてきて、彼女はそのまま私の腕に抱きついた。

「天之橋さん、早すぎですよ〜!私だって、これでも思いっきり早めに出てきたのにっ」

走ったせいか、頬が紅潮している彼女は、拗ねた表情で私を見上げた。

「ぜったい、私の方が先だと思ったのに……」
「君はきっとそうすると思ったのでね。待たせるわけにはいかないから」
「じゃあ、私が天之橋さんを待たせるのはいいっていうんですか!?」

むっとして、少女は反駁するように言いつのる。
それには答えず、笑いながらその両頬に手を添えて。
私は、不満そうな彼女にキスを落とした。

「……………こ、こ……こん…こんなっ……」

かっと頬を赤くし、しどろもどろに呟いている彼女の意図を察して、肩をすくめる。

「大丈夫だよ。春休みで、ほとんど誰もいないから」
「そ、そーいう問題じゃないですっ!」
「では、どういう問題かな?」
「その、こ、こんなところで、あの、いきなり、そういうことは、その……」
「……ああ」

戯けたいのを堪えて、私は至極真面目な表情を作って彼女の瞳を覗き込んだ。

では。もう一度、君にキスしても構わないかな?お嬢さん」
「………天之橋さんの意地悪!」

どん、と叩きつけられた抗議の拳に耐えきれず笑い出しながら、私はまた彼女に口づけ、そのまま腕の中に閉じこめた。

「……………?」

少し窮屈そうに身じろぎをしながら、彼女が不思議そうに見上げてくる。
自分では気付かれないつもりだったというのに、全く、こういう時だけどうしてそうも敏感なのか。
ため息をつきそうになってから、逆もまた然りであることに気付いて、私はもう一度笑みを漏らした。

「天之橋さん、どうかしたんですか?」

予想通りの問いが掛けられて、心配そうな瞳が私を見た。

「いや。たいしたことではないよ、ただ……」
「ただ?」
「……この季節は少しだけ、感傷的になってしまうだけで」

そう言いながら、頭上の花を振り仰ぐ。
それだけで意味が分かったかのようにひとつ頷いて、彼女も同じように花を見つめた。

「そう、ですか。……そういえば去年も、天之橋さんそんな顔してましたもんね」
「去年?」
「ええ。去年、何回かお花見に行ったでしょう?その度に、あと少ししか見られない、もう少ししたら終わってしまうって、同じことを言ってたじゃないですか」
「………そんなことを言ったかな」

本気で記憶がなかった私は、戸惑って視線を戻した。

「言ってましたよ〜。『学園の生徒達も、この桜も、同じだね。』とか言うから、『でも、生徒は桜みたいに飛んでいってしまうわけじゃないから、いつでも会えるしまた戻ってもきますよ』って言ったら、『いや、彼らは卒業して旅立っていくんだから』って」
「……私が?」
「言いましたよ!私、すごく悔しかったですもん。じゃあ来年卒業したら、もう会いにも来れないの!?って。
 だからムキになって『生徒は、学園や先生方を置き去りにして行くんじゃなくって、いつでも帰れる故郷だと思って旅立っていくんです。なのに、帰ってきた時に迎えてくれる人がそんなのでどうするんですか!』って怒ったら……」

そこまで話してから、彼女は何かに気付いたように口を噤んで、俯いた。
その瞬間、記憶が戻ってくる。

『では、君は……戻ってくるのかい?』

感傷的で投げ遣りになったついでに、勢いで言った台詞。
その時は深く意味を考えなかったけれども、今思うと酷くあからさまな台詞だったかもしれない。
それに。彼女はなんと答えたのだったか。

「………寂しくなる必要なんか、ないと思いますよ」

耳まで赤くなった彼女が、俯いたまま小さく呟いた。
きゅっと抱きつかれる体が妙に熱い。きっと、私の顔も彼女と同じように赤面してしまっているだろう。

「私が毎年、一緒に見送ってあげますから。生徒達も桜も」
『天之橋さんが望むなら、いつでも』

去年は冗談にしか思えなかったそれと、同じ笑顔で見上げてくる彼女。
私は彼女を抱きしめたまま、自分の頬の火照りを見られないように顔を逸らした。


学園から卒業したのと同じように、彼女はいつか私からも旅立っていってしまうかもしれない。
その不安は、いつでもあるけれど。
けれど、卒業で終わると覚悟していた気持ちを覆すほど彼女に囚われたことと、そのせいで彼女を失わずにすんだこと。
その事実があれば、この季節も以前と違うように感じられるだろうと思いながら、私は目を閉じて小さく微笑んだ。

FIN.

あとがき