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 ビターorスイート 

え?本当に!?』

ふと聞こえてきた声に、天之橋は思わず立ち止まった。
声のした方を見ると、どうやら家庭科室らしい。
少しだけ微笑んで、そちらに足を向けかけて。

『……ああ。俺は、こっちがいい』

同じように聞こえてきた呟きに、再び足を止める。

『でも、こっちはすっごくおいしいって有名なお店のなんだよ?
 私のチョコなんて、そんなに出来が良いわけでもないのに』
『確かに味は、プロの方がいいだろうけど。
 出来とか、味とか……そういう問題じゃないだろ』
『そうかな?やっぱりおいしい方が、もらって嬉しくない?』
『場合による』

彼らが何について話しているのか、この時期に分からない者はいないだろう。
まだ前日である今日も、生徒達は皆そわそわしていたり忙しそうにしていたり、こそこそと話し合っていたり、落ち着きがないことこの上なかった。
それに憤慨している彼女の担任などとは違い、天之橋は今の今まで、彼らの行動を微笑ましく眺めていたのだけれど。
けれど。

『おまえだって、心のこもってる手作りのプレゼントの方が、適当に選んだ高級品より嬉しいだろ』
『あ……そうか』
『おまえが一生懸命作ったものなら、俺、そっちの方がいい』
『……うん!ありがとう、珪くん!』

自分でも驚くほど落胆している気持ちに苦笑しようとして失敗し、息をつく。
立ち去らなければ、と頭では思うのだけれど、できなくて。よく聞こえなくなった声に、思わず磨りガラスの模様の隙間から教室を覗き込んだ。
そこには。

……おまえ』

す、と彼女の頬に手を伸ばして。
それを引き寄せようとするような彼の動作。

「……!」

彼女がそれに全く動じていない気がしただけで、もう見ていられなくなって、天之橋は踵を返した。

 

◇     ◇     ◇

 

「……?」

ふ、と気付いたように教室の外に目をやって、葉月は少し考えると、くすりと笑みを浮かべた。

「……おまえだって、心のこもってる手作りのプレゼントの方が、適当に選んだ高級品より嬉しいだろ?
 おまえが一生懸命作ったものなら、俺、そっちの方がいい」

そう言うと、少女は目から鱗が落ちたような表情で頷き、嬉しそうに微笑んだ。

「うん!ありがとう、珪くん!」
「どういたしまして」

返しながら、目の前に並んだチョコをもうひとつ口に入れる。
ただ甘いだけのチョコレートは、どちらかというと嫌いな部類に入る食べ物だけれど、彼女が作ったものなら本当に味が違って思える。
そんな自分に苦笑して、葉月は少し声を落とした。

「でも……できれば本番ではもう少し、がんばれ」
「………う」
「多分、溶かすときに水、入ってる。……だから見た目が悪いんだ。
 水分は絶対に入れないように……それと温度。ちゃんと温度計使え」
「珪くん、なんでそんなこと知ってるの?」
「……前にどっかで見た……と思う。多分」
「うう……なんで作り方覚えられないのかなあ、私。もう何十回も作ってるのに〜」
「これでも、十分進歩してると思うけどな」
「ありがと。珪くんだけでもそう言ってくれて嬉しいよ」
「……おまえが渡す予定の奴も、そう言うと思う」
「え!?」

口に入れようとしていたチョコレートを取り落として、少女は途端にぱっと頬を染めた。

「よ、よ、予定って、そんな、別に……」
誰に渡すのかは知らないけど」

さりげなく嘘をつくと、あからさまにほっとした顔をする彼女が、可愛い。
葉月はもう一度くすりと笑うと、ふと彼女の頬に手を伸ばした。

……おまえ」
「え?」

不思議そうな彼女の頬を、もう少しで触れそうな距離まで引き寄せて。
抵抗も警戒もしない彼女に、内心でゆっくり息をつき、その頬にあった茶色の汚れを指で拭う。

「……頼むから、本番では顔にチョコつけて行くなよ」
「え?ついてた!?」
「おまえは肝心なところで抜けてるから……やりそうだな」
「うー……」

べったりと机に伏せて、情けない表情で自分を見上げる少女。
葉月は慰めるようにその頭を撫でながら、呟いた。

「……ひとつだけ、いいこと教えてやる」
「?」
「それ渡すとき、こう言って渡せ。そしたら絶対に成功するから。
 “お店のチョコにしようと思ったんですけど、気持ちを込めるなら手作りしろって友達に言われたから”」
「そ、そんなこと言えないよ!」
「いいから。絶対言えよ」
「???なんでよー……」

訳の分からなそうな彼女に、葉月はまあがんばれ、と声を掛けて。
そうして意味ありげに微笑んでみせた。

FIN.

あとがき