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 TOUCH ME 1 

「何よ!いつも仕事仕事って約束をダメにして、私と仕事とどっちが大事なの!??」


突然聞こえてきた大声に、思わず揃って目を向けて。
二人は慌てて、揃って視線を逸らした。

「……………。」

何事もなかったかのように話を戻そうとするけれど、喧嘩腰の応酬はすぐ隣で続いている。
目の前には居心地の悪そうな瞳。その気持ちは自分も同じで。

「……少し早いけれど、出ようか?」
「そうですね。混んでないといいんですけど」

その台詞に頷きを返し、天之橋は彼女を促して席を立った。

 

◇     ◇     ◇

 

何、考えてるんですか?」

映画館への道すがら、隣を歩く彼の微妙な表情に、少女が小さく首を傾げる。

「いや?別に、何も……」

そうは応えるものの、彼の視線はあらぬ方を彷徨っていて。
その分かりやすさに苦笑しながら、しかしあえて言及せず、彼女は甘えるように彼の袖を引いた。

「ね、天之橋さん。映画を観る前に、先にパンフレットを買っていいですか?」

この前は買えなかったから試しにそう呟いてみると、彼の表情が予想通りに硬直する。
それにもう一度苦笑して、少女はまるで悪戯を見つけた教師のように、真っ直ぐに彼を見上げた。

「やっぱり。この前のこと、まだ気にしてたんですね?……もう」
「し、しかし、だね。映画を途中で切り上げたなんて、余りにも無神経では……」
「急なお仕事で、天之橋さんにしか出来ないことだったんでしょう?
 だったら仕方ないじゃないですか。私、全然気にしてませんから」
「……しかし……」

確かに彼女の表情は、無理をしているような様子はなかったけれど。
どうにも、先程の女性の言葉が耳について離れない。

半月前、今日と同じ映画に彼女を誘っておきながら、観ている途中で中座したのは自分。
社の方でトラブルが起こっていたせいで、マナー違反を承知で電源を入れたままにしていた携帯が、予想通りの報告を持ってきて。
心配してロビーまで出てきた彼女には、慌ただしく謝罪して家まで送るのが精一杯だった。

その映画を、彼女がことのほか楽しみにしていたことも知っている。
先に謝って日を変更していれば、少なくとも映画の途中で帰るなんて失態は防げたはずだけれど、スキップを踏みそうな足取りで『どうしても一緒に観たかった』と言われて、断れなくなって。
結局、最悪の状況で約束を違える羽目になった。

無神経なだけでなく、身勝手な行為。それが分かっていても、仕事を放ってはおけない。
そんな自分を、彼女は『私よりも仕事が大事』とは思わないのだろうか?

「……怒っても良いんだよ。

彼女が怒っても、天之橋にはやっぱり謝るしかできないのだけれど。
遠慮して微笑まれる方が、何倍も辛い。
気遣わしげな視線を受けながら、少女はもう何度も繰り返している台詞を口にした。

「怒りませんってば。私、天之橋さんのこと分かってますから、だからいいんです」
「……君は私を、甘やかしすぎるね」

苦笑に近い表情で呟いて、天之橋はため息を漏らした。

「勿論、悪いのは私なのだけれど……君にそうして遠慮されてしまうと情けなくなるね。
 仕事などどうにでも都合がつくはずなのにと、いつも思いはするのだが」
「ダメですよ、天之橋さんだけのお仕事じゃないでしょう?
 ……そんなの分かってるくせに、私なんかにこんなこと言わせないでください」

お説教してるみたいで恥ずかしいんですから、と唇をとがらせて言うと、今度こそ含みのない笑みが向けられる。
さっきまでおどおどしていたくせに、途端にからかう表情になる、子供のような彼。
それが悔しくて、少女はわざと満面の笑みを湛えて天之橋を振り仰いだ。

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