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「………………」

どさりと車の後部座席に身体を投げ出し、ドアを閉められた途端、堪えていたため息が漏れた。
眼鏡を外し、眉間を押さえる。
いつも後部座席に同席する秘書は、それを気遣うように助手席に乗り込み、普段は使わないインターホンで連絡を入れてきた。

「会長。学園にお寄りになりますか?」

その言葉を聞いて、少し悩む。
時刻はもう、夜の7時を回っている。今から雑務をしたとしても、たいして仕事を片づけることは出来ないだろう。
けれど。

「ああ……、少し待っていてくれ」

天之橋は即答を避け、インターホンを切った。


昼過ぎから続いた会議は、久々に実るところのないものだった。
メインの議題は、ある社員の処遇問題。
一社員の進退など、普段は役員や会長が関与するところではないのだけれど、今回は理由があった。

彼が担当する、会社にとって大規模といえる取引先が、彼のミスを直接社長まで通してきたからだ。
話を聞いてみると、すでに二回、同じミスを犯しているらしい。同じ取引先に、同じミス。ビジネスでは許されることではない。
しかし、召還された社員は、重役を前にしていっそ天晴れと思えるような口調で、ぬけぬけと語って見せた。

「製造元のミスを取引先に報告せず、取引先からの指摘で判明したのは事実です。
 けれど、私は製造元から報告を受けていませんし、ミスもどこの会社でも日常的にあるような些細なことです。
 それをひとつひとつ報告していたのでは、時間がいくらあっても足りないと思いますが」

その瞬間、周りから漏れたのは、頭の痛くなるようなため息。
直接の上司だけが、まだ若い彼を焦って怒鳴りつけた。
「な、何を子供みたいなことを言い出すんだ!仕事を請け負っている以上、下請けのミスは自社のミスだろう!
 しかも、些細な事かどうかは取引先が決める。君の経験で決まる訳じゃない!」
彼以外は誰も口を挟まなかった。挟むのも馬鹿らしい。
常識のある人間ならば学生であっても分かる、公私の区別をまったくつけられていない人間。こんな小学生のような輩がよく社会人でいられると、半ばあきれてしまう。

「要するに」
誰も口を開かなかったので、仕方なく天之橋は彼の上司に向かって言った。
「製造元がミスを教えてくれなかったせいだ。そんな細かいことをいう取引先が悪い。だから、自分は悪くない。
 こういうことだね」
「も、申し訳ありません!」
天之橋が彼の言い訳を言い換えると、周りから失笑が漏れ、彼の上司は机に擦りそうなほど頭を下げた。
それを、手を振って退出させる。

取引先の社長が気難しい性格なので、クレームにもしや誇張があるかもしれないと召還したけれど、どうも間違いだったらしい。
あの手の社員は存在するだけで会社の恥。誰も何も言わなかったけれど、処遇は彼が自分で決めたようなもの。
会社という組織の中では聞いたことのない幼稚な出来事に、その後の会議も実りある方向には進まなかった。


「………………」

クレーム自体は社長同士で話が済んだけれど、それより問題なのは社内の問題。
役員の前で自己の幼稚さを晒したあの社員は、間違いなく解雇を免れないだろう。
それは当然として、彼の上司にどの程度責任を取らせるか。さらに、二度と同じ間違いを犯さない人間を後継に就けなければならない。
その人選を、あの上司に任せて良いものか。

決して愉快とは言えないそんな命題を考えていた天之橋に、またインターホンの声が聞こえた。

「会長。学園に着きました」
「……え?」

ふと窓の外を見ると、確かに学園の駐車場。
知らず長い間考え込んでしまっていたことに気づき、先程は浮かばなかった苦笑が浮かぶ。

この学園も、会社と同じ経営対象ではあるけれど。
そして、同じような問題やトラブルがないわけではないけれども。
彼にとってここは、仕事場というよりも心が安らげる場所。

打算無しで挨拶してくれる生徒たち。
いつでも花の咲き誇る薔薇園。
心地良い喧噪と、活気。
そして今はもう卒業してしまったけれど、校内のあちこちに残る彼女との想い出。

張りつめていた糸が弛むように息をつく自分を、ドアを開けて待つ秘書は見通していたのかもしれない。
そんなことを考えながら、天之橋は車を降り、理事長室へと向かった。

 

◇     ◇     ◇

 

「……それで、どうなさいますか」
「そうだな。処遇は社長に任せて構わないけれど……」
歩きながら、自分の意志を秘書に伝える。
実際に処遇を決めるのは社長だが、それが天之橋の意志に沿っているかどうかを確認しておくつもりなのだろう。
「……やはり、上司にもそれなりの責任を取らせなければならないね」
言いながら、理事長室の鍵を取り出して。
ドアを開けようとして、ふとそれに気づいた。

理事長室のドアノブに掛けられた、ちいさなバスケット。
一瞬でその持ち主が分かって。表情は、驚く前に微笑んでしまう。
中を見ると、紅茶の袋とメモ帳に走り書きのメッセージ。
いつもと変わらない、他愛ない励ましの言葉に、気持ちがすっと軽くなるのを感じた。

「…………榊」
「はい」
読み終えて鍵を開けながら、天之橋は秘書に問うた。
「あの上司は、どういう人物だね?」
秘書は一瞬、彼の後ろ姿を意外そうに見て。
無言でドアを閉めると、意図を最大限理解した返答を返した。
「……どちらかというと、部下の失態を被るタイプの人間です。
 下手をすると、自分の進退を盾にしかねません」
「ふむ。クレームひとつで、管理職の人間を辞めさせるわけにはいかないが」
机につき、難しい顔で考え込む彼の前に立った秘書は、内心苦笑しながら言葉を継いだ。
「であれば、今回は戒告止まりとして、今後上司に責任を持って指導させるということではいかがですか。
 万が一に再度起これば、その時に上司もろとも処分するという選択もありますが」
「そうだね……」
まあその辺りだろうな、と考えてから、天之橋は微妙な表情を浮かべている秘書を見上げた。

甘いと思うか?」
「いえ」

その言葉に、今度は内心でなく苦笑して。

「会長らしいと思いますよ」

私的見解など述べたことのない自分の回答に、天之橋が目を見張るのを見て。
秘書は、社交辞令以外では滅多に見せないような笑顔を見せた。

FIN.

あとがき