MANA's ROOM〜トップへ戻る
Total    Today    Yesterday   拍手メールサイトマップ
更新記録リンク掲示板日記
ときメモGS別館 アンジェ・遙時別館 ジブリ別館 ごちゃまぜ別館
 
 

  MN'sRM > GS別館 > GS1夢 > 天之橋・約束シリーズ1 >

 ミッディ・ティーブレイク 

ぱたぱたと少し忙しなげに響いていた足音が、呼ばれる声にぴたりと止んだ。
移動教室の荷物を持ったまま振り向けば、期待通りの姿。

「天之橋さん?」
応えて手招きされるのに、急いで廊下を横切って彼の傍までたどり着く。
「どうなさったんですか?」
少女は微笑んで、天之橋を見上げた。

放課後、彼とお茶会をするようになってから、学内で呼び止められる回数は格段に減った。
元々、彼は彼女の学業の邪魔をすることを好まなかったし、逆もまた同様だったから。
歓談するのも休日の約束をするのも、学校のカリキュラムが終わった後に。二人にとって、そうなるのは自然なことだった。

。今、少しだけ大丈夫かな」
それもあってか、すまなそうな声音。少女はくすりと笑って頷いた。
「はい。休み時間が始まったばかりですし、次は選択科目ですから」
家庭科室は、すぐそば。
彼は安心したように柔らかく微笑んだ。
「そうか。今日の放課後なんだが、予定は空いているかね?」
「今日……ですか?」
少しだけ言い淀む。

今日も、いつも通りに理事長室へ行くつもりだったけれど。
お茶会以外で、なにか予定があるということだろうか?
それとも、もしかして今日は都合が悪いということ?

どう答えようか一瞬迷った彼女を察して、天之橋は言葉を継いだ。
「ああ、別にたいしたことではないよ。放課後、君が訪ねてくれるかどうかを知りたくてね」
「ええと、天之橋さんがよろしければお邪魔するつもりでしたけど……ご都合でも?」
「いや。実は、特別なお茶が手に入ったんだよ。できるなら、君と一緒に飲みたいと思って」
言いながら、悪戯っぽい瞳がウインクをよこす。
何かありそうな雰囲気に首を傾げながら、彼女は素直に頷いた。
「はい、喜んで。じゃあ、今日はカップだけご用意しますね?」
「……いや、構わないよ。こちらで準備はしておくから」
おかしそうに笑われるのに、ますます首を傾げる。
それに気づき、天之橋はそっと彼女の頭を撫でた。

「君がいればなにも要らないから……いつでもおいで?」

言いながら頬に指を滑らせ、口づけを落としかけてコホン、とわざとらしく咳払いをする。
さすがに。
人通りの少ない廊下とはいえ、まだ全校生徒が授業を受けている時間。
ここでそれをするのは少し、躊躇いがある。
「?」
不思議そうに見つめる彼女の頬を、取り繕うように掌でなぜて。
「では、ね」
少し照れた表情を隠して、天之橋は踵を返した。

 

◇     ◇     ◇

 

コンコン、とドアをノックする。
今日は、いつものように両手がトレイでふさがっていることはない。けれど、ドアはいつものように内側から開けられて。
それだけで少し、特別な気がしてしまう。

「こんにちは、天之橋さん」
「やあ、早かったね」

背中を押して促され、少女は一礼をしてソファに腰掛けた。
目の前のテーブルには、美味しそうな焼き菓子。けれど、ティーセットが用意されている様子はない。
すぐには座らず、執務机の方に歩み寄っていく天之橋に、少女は恐る恐る問いかけた。
「あの……天之橋さん。お茶の用意、今からでしたら私がしましょうか?」
給仕室にいる時間の分、いつもより早く来すぎたのかもしれない。
それとも、お仕事がまだ終わっていなかったのかもしれない。
そんな気遣わしげな視線に笑いながら、鞄を取って戻る。
「いや、用意は出来ているよ。……実はこれなんだが」
ソファに座り、天之橋は鞄の中から缶をふたつ取り出した。
「……?それは?」
丈の短い缶は、きれいなグリーン。もう片方は薄い黄色と青。
どうやら缶ジュースのようだが、彼がそんな物を持っていること自体がらしくなくて、少女は少し呆気にとられた。

「意外だったかい?」
掛けられた言葉に思わず頷いた彼女に、ますます相好を崩して。
天之橋は、缶を表が見えるようにして差し出した。
「今度はちゃんと認めたね」
「今度?……あっ!」
疑問を口にしかけて、驚きの声を上げる。

缶の表面には、どこかで見たようなマーク。

一瞬で思い当たって、少女は勢い込んで顔を上げた。
「天之橋さん!これ……!?」
「今度、新しく発売されたらしくてね。君が喜ぶんじゃないかと思って」
「か、買われたんですか?天之橋さんが!?」
まさかコンビニで?天之橋さんが!??

その問いに一瞬だけ口ごもり、目を泳がせて。
結局、天之橋は咳払いをひとつすると、もっともらしく答えた。
「いや実は、取引先がこの企画に咬んでいたそうでね。その伝で……もらった、のだが」
少し迷いながら言葉を作ると、少女は感心したように首を傾げた。
「そうなんですか〜……じゃあもしかして、まだ発売されてないかもしれませんね?」
「いや……そ、そうだね。そうかもしれないね」
「うわー、なんだか得した気分です!」
疑った様子もなく、少女は嬉しそうに笑う。

まだ温かいそれを、いつもらったのか、とか。
そもそも新商品のサンプルを温めて持ち歩く人間がいるのか、とか。
少し考えれば分かりそうなのに、全く気づかない彼女が、逆に可笑しくて。
天之橋は苦笑しながら、目を輝かせる少女に缶を振ってみせた。

「どちらがいいかね?」
「……え?」

彼の持っている缶には、どちらにもフォションのマーク。
フレンチミルクティと、ダージリンティ。いつか、彼に勧めたものと同じシリーズらしい。
一瞬、反射的に出しかけた手が、止まる。
それに微笑って。
「構わないよ。君が選ぶと良い」
「……いえ。天之橋さんが戴いたものですから、天之橋さんが」
答えは決まっているはずなのに、固辞する仕草。
それを見て悪戯っぽい表情をすると、天之橋は片方を彼女に渡した。

「では……味を確かめてみようか?」
「はい」
一生懸命、落胆を外に出さないようにしている彼女が、可愛らしくて仕方がない。
軽い音をさせてプルタブを起こすと、天之橋は一口だけそれを口に含んだ。
温かいせいもあるのだろう、それは以前飲んだ物よりもさらに甘くて口当たりの柔らかい、まさに彼女が好みそうな味だった。

あれ以来、彼女が好むのはどんなものなのだろうと、自販機を見るたびに考えてしまっていた彼には、それが分かる。
そしてそのせいでやけに目についていた自販機に、入ったばかりのこれを見つけて。
いてもたってもいられなくて、誰よりも早く教えたくて、思わず買ってしまったとはいくらなんでも言えない。
まるで、不器用な若造のようで。

「どうですか?天之橋さん?」
自分の方を味わうのもそっちのけで、身を乗り出してこちらを気にする少女。
「うん、美味しいよ。この間のものよりもう少し甘いようだね。
 ミルクの味がはっきりしていてコクがあって、疲れたときにほっと息をつけそうな感じかな」
「そう…ですか」
わざと感嘆したように言うと、彼女は焦れたように自分の缶に視線を落とした。
分かりやすいそれに、我慢できず吹き出して。
きょとんとする彼女の缶を、手を伸ばして取り上げる。

でも、私には少し甘すぎるようだから。君が迷惑でなければ、代えてもらえるかな」
「……!」

気持ちを見透かされたことに、かあっと頬を染める少女へミルクティを差し出すと。
彼女はしばらく逡巡した後、おずおずとそれを受け取った。

「さあ、冷えてしまわないうちに」
「……はい」

恥ずかしげに俯いて、口を付ける。
その甘さと風味に、彼女の顔がぱっと輝くのを見て。
知らず、穏やかな笑みが漏れた。


その日、一斉に発売された新商品を帰宅途中の彼女が見つけ、勢い込んで掛けてきた電話に。
彼がどんな苦しい対応をしたかは、定かでない。

FIN.

あとがき