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  MN'sRM > GS別館 > GS1夢 > 天之橋・約束シリーズ1 >

 Fancy may kill or cure 

朝から少し、体調が悪かったのは確か。

けれども、その日は少女を自宅に招いた日で。
それをことのほか楽しみにしていた彼女に、直前でキャンセルは言い出せなかった。
何より彼女と過ごす休日を、駄目にしたくはなかったから。


「天之橋、さん?」

心配そうな声に、微笑んでみせるけれど。
ここにきて、ぐらぐらと揺れ始めた視界に、言い訳もおぼつかない。

「気分が悪いんですか?」
「い…や。大丈夫」
「大丈夫って、すごい汗ですよ」
「いや……少しだけ、寒気が……」
「天之橋さん!?」

視界がぐらり、と大きく揺れて。
テーブルに手を突いた拍子にカップを引っ掛け、カシャンと透き通った音が響いた。
傍に駆け寄ってくる気配と彼女が執事を呼ぶ声。

それを聞きながら、意識が薄れた。

 

◇     ◇     ◇

 

コトコトと、わずかな物音で目を覚ます。

「…………?」

ゆっくりと目を開ける。何故か身体がだるくて、動かすのもやっと。
目を音の方に向けると、少女が洗面器を抱えて部屋に入ってきたのが見えた。

「……?」
「あ、ごめんなさい。起こしてしまいましたか?」

すまなそうな顔で、少女がこちらに歩み寄ってくるのに、どうにか笑みを返した。

「いや。……私は……?」
「天之橋さん、倒れたんですよ。風邪ですって。お医者様にお薬を頂きましたので、飲んでくださいね」
「……そうか」

体調が悪いとは思っていたが、まさか倒れるほどとは。
しかし、考えようとすると頭がずきずきと痛むので、思考を中断して差し出される薬と水を口に含んだ。
飲んでから、彼女に向き直る。

「すまなかったね、せっかくの休みなのに。自分の体調も管理出来ないとは恥ずかしい限りだが……
 誰かに送らせるから、君はもう帰りなさい。感染るといけない」
「いえ、大丈夫です。私がお願いして、いさせてもらったんです」
「しかし……もう、遅くなってしまう。埋め合わせは今度させてもらうから、ね」
「いえ。私、帰りません」
「……?」

にこにこと笑って告げられる台詞に、天之橋は不思議そうに首を傾げた。
その額のタオルを取り、サイドテーブルの洗面器にちゃぷんと浸けながら、少女は事も無げにいう。

「執事さんにお願いして、お泊まりさせて頂くことにしました」
「な!?……っ」

思わず身体を起こしかけて、くらりと眩暈を起こし、天之橋は眉を顰めた。
慌てた少女の手が、ぎゅうぎゅうと彼の身体を押し戻す。

「もう、動いちゃだめです!安静にしてないと!」
「あ、ああ……しかしその、……泊まる……とは?」
「だから、ここに」
「ここ……とは?」
「この部屋に」
「!?……!」
「早く、寝てください」

驚いてあげた叫びを無視されたまま強引にベッドに寝かされ、きちんと肩までブランケットを掛けられる。
その額に、つめたいタオルを置いてから。
やっと、少女は彼の抗議に応えた。

「天之橋さんをこのままにして、帰れません」
「だからといって……何も、ここに泊まらなくても……どうしてもというなら、部屋を用意させるから」
「だめです。執事さんに聞きました。天之橋さんは油断すると、すぐにお仕事を始めるんだって。
 そんなことができないように、見張ってないと」
「………」
「それに、もう家にも連絡しましたからねー」
「………………」

確かに。
今まで、体調が悪いときも仕事を優先してきた事実は認める。
だが、客に対してしかも彼女に対して、そんなことを話すとは何事か。こうなってしまったら、彼女はてこでも動こうとはしないだろう。
そう考えてから、天之橋は小さくため息をついた。
例えそう叱ったとしても、あの執事のことだ。
『私のミスでお嬢様に知られてしまいました。けれど、結果的にはよろしかったのでは御座いませんか?
 お体が万全でない時はお休みするのが一番ですから』
などと言って、さらりとかわされてしまうだろう。

そもそも、彼女がこの家に来るようになってから、家中の人間が自分よりも彼女のことを優先している気がする。
それが主人として複雑ということではなくて、それほどまでに自分の気持ちがばれているのかと思うと。
かなり、気恥ずかしい。
けれども。

「もう少ししたら、お食事を運びますから。それまでお休みになってください」

くるくると自分の周りで立ち働く、彼女の姿。
それは決して、不快なものではなくて。
頭は痛いのに、微笑みが浮かぶ。

「何か欲しいものがあれば用意しますと、執事さんに言われてますからね」
「……ああ。有り難う」

うっかり礼を言ってしまってから、まずかったかなと思ったけれど。
頭痛と熱の所為だからと、自分に言い訳をして目を閉じた。


しばらく微睡んで。
自分を起こさないように、そうっと動いている気配を夢の狭間で感じて。
触れた手にふと、意識が戻った。

かすかに髪の毛が遊ばれる感触が、遠慮がちに左右に揺れる。

「天之橋、さん」

答えを期待していない、独白。
驚く間もなく、更に小さく囁かれる声が至近。

「私……ずっと、傍にいますから」

ぬるくなった額のタオルを外される感触に紛れて。
それよりも少しだけ暖かいものが触れた気がしたのは、気のせいだろうか?

すとんと脇に腰掛けて注がれる視線が、やがてうとうとと布団の上に俯せてしまうまで。
顔が赤らまないように、彼女に気づかれないように。

空寝を装うのには、尋常でない努力を要した。

FIN.

あとがき