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 これはただの例え話じゃない 1 

まさか。

頭が自動的に考えてしまったことを、天之橋は即座に否定した。
それは、彼女に対して至極失礼な誤解だと思ったから。

自分が彼女に釣り合っているという自信を持てる彼ではなかったが、それでも少女が自分の恋人でいてくれることを疑ったことはなかった。
先のことは、分からないけれど。
少なくとも今は。

だから、道路が空いていたせいで一時間も早く着いてしまった待ち合わせ場所で、いるとは思わなかった彼女と仲良さそうに話している男を見たとき、浮かんだ焦燥感と戸惑いを思わず隠した。
彼女と同い年か少し年上のような外見の、細身で長身の少年。知り合って間もない感じではなかった。親しそうに話をしていたし、頭を撫でられても額をつつかれても彼女はくすぐったそうに笑ったりむくれたりしていたから。
おそらく、大学の友人か……そうでなかったら親戚の

「……!」

独り車の中で考えながら、目は絶え間なく凝視してしまっていることに気づいたのは。
彼女が、目の前の少年に抱きつくのを見てしまってからだった。

 

◇     ◇     ◇

 

「天之橋さん?どうかしましたか?」

不思議そうな彼女の声で、我に返る。
知らずため息をついてしまったことに苦笑して、天之橋はわずかに首を振った。

「いや、なんでもないよ。急に予定が決まって、指定券を取る暇がなかったからね。
 人気のある映画のようだから、もしかしたら混んでいるかと思って」
「そうですね。でも、この分だと上映時間のずいぶん前に着きそうですし、席が取れないことはないと思います」

今日はなにか、他方でイベントでもあったかと思えるくらいに道路が空いている。
すいすいと流れるように進めることは気持ちが良いけれど、なんとなく車内の空気が重い。
それを誤魔化すために、天之橋は少し饒舌になっていた。

「そうだね。では、チケットを取ってまだ時間があれば、お茶でもしようか?」
「私、ケーキ食べたいです!」

途端に返ってくる笑顔は、いつもと同じで。
その愛らしさに、ようやく他意のない笑みが浮かんだ。

「どこか、お目当てがあるのかい?」
そう訊くと、顔を輝かせて鞄から情報誌を出し、少女はある喫茶店の記事を指し示した。
「ここ、紅茶がおいしいって評判のお店なんですけど、夏摘みとか秋摘みとかのお茶葉があって。
 ケーキひとつひとつに、それぞれ合う紅茶がセットになってるんですよ」
それをちらと横目で確認して、微笑む。
「ほう。今ならまだ、夏摘みの時期かな?もしかしたらオータムナルも入っているかもしれないね」
信号待ちで止まって顔を向けると、興味津々の瞳。
笑いながら、解説する。
「ダージリンは、摘む時期によって風味が違っていてね。夏摘みの紅茶はセカンドフラッシュと言って、味も香りも強くてストレートで飲むのが美味しい。秋摘みは少し渋みが出るから、ミルクティが常道かな。
 ケーキに合わせてあるというからには、期待できそうだね」
「はい!楽しみです!」
本当に嬉しそうな彼女の様子に、もう一度微笑んで。
対向のシグナルが変わるのを確かめてハンドルを握り直した天之橋は、フロントに移そうとした視線を、思わず固定させた。

情報誌を仕舞おうとした彼女の鞄から、小さな白い箱が零れて足下に転がったのが見えたから。

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