心配そうに自分を見つめる彼に、少女は歩きながら首を振った。
「いえ、気を遣ってるわけじゃないです。
……でも、天之橋さんにコンビニは似合わない気がしますけどね」
くすくす笑いながら、駐車スペースに収まっている見慣れた車に近づく。
「そんなこともないんだけれどね」
天之橋は自然な動作で助手席のドアを開け、少女を席に座らせた。
「はばたき学園の理事長になってからは、立場もあるから少し遠ざかっているけれど。
学生時代は、今の君たちと変わらない生活をしていたから。……いや」
何かを思い出して、苦笑いする。
「もしかしたら君たちよりも、アウトローな生活だったかもしれない」
「ええ!?」
彼の風貌からかけ離れた台詞に、少女は一瞬絶句して、運転席に乗り込む彼を見つめた。
「……じ、じゃあ……もしかして。え、と、電車に乗ったりとか……」
とりあえず、思いつくことを言ってみる。
「ああ。通学は車だったけれど、悪友と出掛けるときは歩きか電車か」
「……ラーメン屋さんに入ったりとか……?」
「ああ、花椿が好んでいた店があったよ。あいつはあれでも、特盛り2杯も食べるような大食漢だったから」
「……………」
少女はかなりのカルチャーショックを受けた。
天之橋さんが、歩き?
花椿せんせいが、ラーメン特盛り……?
「意外だったかい?」
いたずらっぽくウインクする瞳に、どう答えていいのか迷う。
確かに、今の彼からしたら想像できないことだけれど。
誰にだって年相応に昔はあるのだし。一生ずっと、同じ印象でいるわけでもない。
それを意外だ、と言ってしまうのは、なんだか薄っぺらい答えのような気がした。
「………そのころの天之橋さんにも、会ってみたいな」
考えあぐねた末、少女の口から出たのはそんな言葉だった。
途端に、ギアを入れかけていた所でクラッチを踏み外された車が、がくんと大きく揺れる。
「す、すまない」
焦って体制を立て直しながら、天之橋はついしどろもどろになってしまう。
「で・でも、昔の私は、その……粗野で反抗的、だったから。
もしあの頃に君と出逢っていたら、君を……その……がっかりさせてしまったかもしれない」
「?……がっかり?」
少女は不思議そうに問い返す。
「あ、ああ!そういう意味ではなくて、そのっ……
こんな人間が理事長の息子か、という意味で、だね……」
「???」
失言を懸命に取り繕う彼に、彼女は首をかしげながら、それでも笑って言った。
「がっかりなんてしませんよ。だって、印象が違っていても天之橋さんは天之橋さんだし。
私、どんな感じでもきっと、天之橋さんだったら」
すきになってしまうから。
うっかり口に出しかけた言葉をあやうく飲み込み、今度は少女があわてる。
「……だったら?」
望んではいないはずの楽観的な言葉を思い浮かべ、赤くなってしまう顔を隠しながら。
天之橋は問い返す。
「……あ、あの……」
口ごもった彼女の頬も、彼と同じくらい赤くなっていて。
互いに互いを見ないようにしながら、面と向かわなければならない店ではなくて車の中でよかったと、二人は同時に同じことを思った。
「あ、天之橋さんだったら、その……いつも尊敬できるひとだって思ってますから!
だから、私の知らない天之橋さんのお話が聞けて、嬉しいです!」
「………、そうか」
その答えが予想と違っていたことに、天之橋はわずかに息をついて。
しかし次の瞬間には、明るい声で答えた。
「それなら。今日は少し、昔の話をしようか?」
「はい!!」
ほんとうに嬉しそうな少女が、嬉しかったので。
とりあえずそれだけでいいかと思う心の動きも、満足に自覚できないまま。
天之橋は、楽しそうな少女に向かって話し始めた。
FIN. |