「きゃあっっ!?」
突然響いた騒音に、少女は今までの会話も忘れ、叫び声を上げた。
テラスから部屋に入ったところで、天之橋がティーセットを取り落として呆然としている。
「あ、天之橋さん!」
慌てて駆け寄ると、天之橋はハッと我に返り、少女を制した。
「駄目だ、危ないからそちらにいなさい。怪我をしてしまう」
「それはこっちの台詞です!」
構わず、彼女は割れた陶器の破片をよけて天之橋の所まで辿りついた。
「大丈夫ですか!?」
見ると、ティーポットからこぼれたお湯が、彼の足を濡らしている。
「や、火傷しちゃう!!早く脱いでくださいっ」
「えっ!?」
最近やっと見慣れてきた、スーツではない私服のスラックスを肌から浮かせながら、ぐいぐいと引っ張る。
少し熱を帯びた足首に少女のつめたい指が触れ、天之橋は一瞬びくりと震えた。
「だ、大丈夫だよ。そんなに濡れてはいないから」
焦燥を抑えながら、振り向いて小間使いを呼び、片づけと代わりのお茶を依頼する。
「そ、それよりも……」
「?」
「今……その、花椿が……」
服をひっぱったまま、足下から可愛く見上げる少女に。
彼はしどろもどろになりながら、問いかける。
「何か……その、頬を寄せていたように……見えたが」
「あぁ。せんせい、悪ふざけしちゃって」
少女の関心はもっぱら彼の状態に行っていて、上の空の返事が返ってくる。
「その。………嫌ではないのかね?」
本当に大丈夫ですか、熱くないですか、と心配し続ける少女に言うと。
「え?全然。花椿せんせいって、いつもあんな感じですし」
やはり意に介していない答えが返ってきて。
天之橋は複雑な気分になった。
「あ!天之橋さん、ケガしてる!」
言われて初めて、掌に血が滲んでいることに気づく。
「ああ。少し切っただけだ、問題な……い……」
言い終わる前に。
ぺろり、と少女の舌が、傷口を舐めた。
「………っ」
ちゅ、とかすかな音を立てて自分の掌を吸う少女。
背筋にぞくりと痺れが走り、天之橋はめまいを感じた。
「だ…いじょうぶ、だ。」
自分でも声がうわずっていることは分かったが、これ以上されたら何をしてしまうか分からない。
少女の所作は、自分が普段していることと変わらないはずなのに。
彼女の唇が触れているだけで、体温が数度上がったかのようだった。
「もう、大丈夫だから。ありがとう」
言われて顔を上げた、桜色の唇に。
口紅ではない、紅い斑紋がついていて。
彼は思わず、テラスから見えない位置に彼女を抱き寄せ、汚れた部分を舐めあげた。
「……だが、いけないね。そんな対処法はあまりよくないよ」
耳元でそう囁くと、少女は初めて状況を理解したかのように、一気に頬を染めた。
「あっ………あの。その、……っ」
俯く彼女の頬をとらえて上向かせ、唇を重ねかけたとき。
「ー? 片づけなんか一鶴に任せて、アタシたちはお茶しましょー?」
「あ。はぁーい、ちょっと待ってくださいねー?」
親友が呼んだ名前と、それに呼応してあっさりと振り向いた少女に。
天之橋は、頭がまっしろになるほどのダメージを受けた。
FIN. |