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  MN'sRM > GS別館 > GS1夢 > 天之橋・約束シリーズ1 >

 いつでも夢に花束を 1 

「あっれ〜?花椿せんせい!」

意外げな、けれども嬉しそうな声が、天之橋邸の一階テラスに響いた。
「アラ、お帰りなさい」
読んでいたファッション雑誌から目を上げ、花椿はまるで自分の自宅のように挨拶する。
「今日はおデート?」
「はい!プラネタリウムへ行ってきました」
「なによ〜一鶴ったら、変わり映えしないわねぇ」
あきれた様子で、雑誌をテーブルに置いた彼に。
「……悪かったな」
少女の後ろをついて歩いていた男が、憮然として呟く。

デートの後、もう少しだけ少女と時間を過ごしたいと誘ったのに。
思いがけない訪問者に、二人だけの時間が終わりを告げたから。

「悪かったな、じゃないワよ!そんなんじゃ、近い内に小悪魔ちゃんにアイソ尽かされちゃうから」
「ふ、ふざけたことを言うな!」
まともに反応してしまう天之橋と、すました顔でからかう花椿。
その間でかわるがわる二人を見ながら、少女はくすくすと笑った。

「大体、なんでお前がここにいるんだ」
「ご挨拶ね。な・ん・で・だと思う?」
テーブルに肘をつき、組んだ指に顎を乗せて笑う瞳は怖いくらい綺麗で。
少女は思わず見とれてしまう。
「先週。約束したのって、今日じゃなかったかしらねぇ?」
少女の目線を気にしていた天之橋は、なにかを思い出したように一瞬口を開きかけ、少しだけ目を泳がせた。
「そ、そうだったかな。明日ではなかったか?」
そんな韜晦を許すような花椿ではない。
「今・日・よ!!全く、小悪魔ちゃんを誘うのに必死で忘れちゃってたんでしょ!」
「な、何を……!」
「アタシだってわざわざ時間空けたってのに。
 小悪魔ちゃんも、こんな約束を破るような男、早く見限った方がいいワよ!」
「花椿!」
応酬は間違いなく天之橋の劣勢で。
少女はつい、口を出してしまう。

「あの……、花椿せんせい。天之橋さんが悪いんじゃないんです」
「ん?」
「ごめんなさい。私が、授業が休講だからって電話したんです。お約束があるなんて知らなくて」
しゅん、と叱られた仔猫のように頭を垂れて、少女はすまなそうに詫びる。
「アラ。そうなの?じゃ、仕方ないわね〜」
「そ、そうだ。君が悪いことなど何もないのだから、謝る必要はない」
「でも……花椿せんせい、お忙しいのに……」
泣きそうな瞳で二人を見る少女。
親友に『アンタの所為よ』という視線を送っておいて、花椿はテーブルの下で足を組み直した。
「いいのよ。アタシもそんなに待った訳じゃないし。小悪魔ちゃんのためだったら許してア・ゲ・ル
 じゃ一鶴、アタシはここで小悪魔ちゃんとお話ししてるから、アンタはお茶でも淹れてきて」
なんで私が、と言いかけた彼に。
「早くしないと小悪魔ちゃんが泣いちゃうワよ!?」
花椿は檄を飛ばす。
「……わかった」
天之橋は苦々しい顔でそう言うと、少女の手を取り、まだ揺れているその瞳に微笑んでみせた。
「では、ついでに着替えてくるから、少しだけ待っていてもらえるかな」
「天之橋さん、お茶なら私が淹れますから……」
「いいんだよ。君はゆっくりしていなさい。では、ね」
額に口づけて、踵を返す。
すでにそういった光景に慣れきっている花椿は特に何も言わず、心の中で肩をすくめた。

 

◇     ◇     ◇

 

「久しぶりね。最近、おしゃれのほうはどう?」
丸テーブルの自分の隣に座った少女に、花椿はにこやかに話しかけた。
「うーん。ちょっと、怠ってるかもしれません」
やっと気分を浮上させて、頬に指を当てる。
「アラ。それはいけないワ」
「大学入って、やっと慣れてきたところだから。これからどんどん挽回します!」
「大学、ね……。ねぇ、小悪魔ちゃん?」
呼ばれて、少女はため息をついた。
「もぅ、花椿せんせい。その呼び方はやめてくださいってば」
半ば本気で言う。確かに、その呼び名はいくらなんでも人聞きが悪すぎる。
「いい加減、名前で呼んでくださいよ」
「……いいの?呼んでも」
そこに含めた『一鶴が怒るワよ?』という意味には。
「?はい!」
もちろん、彼女は気づかない。
花椿は苦笑しながら、話を続けた。
「じゃ、。アタシ、前から聞きたかったんだけれども。
 今の大学選んだのって……どうして?」
「え?」
驚いて、少女は花椿を見た。
「アンタはデザインもお針子もモデルも販売企画も、全部ひとりでできる人材だと思ってるわ。
 できれば、アタシの店に来て欲しかったんだけどね」

彼女が手芸部とジェスのバイトで磨いたデザイン関係のセンスは、花椿が一番認めていることだった。
特に、三年生の時のウエディングドレス。天之橋などは綺麗の一言ですませてしまったけれど、作品の端々に非凡なセンスが顕れていることに、花椿は気づかずにいられなかった。

「どうしてって……私、パソコン得意ですし。流通経済って今、IT技術なしでは立ち行かないんですよ。
 だから、私の力を生かせるかなって」
確かに。
少女のパソコンの知識や能力は、趣味として、同世代の友人に比べて著しく高い。
女の子は機械が苦手、なんて先入観のある天之橋などは、彼女の話を聞いて驚愕したほどだ。
ネットやソフト系の知識はもちろん、ハードにも強く、自分や家族のパソコンはすべて自作。友達に頼まれて組んだり、自作系のサイトで指南役を務めたりもしている。
そのあたりを考えて、趣味が生かせると思ったからだと少女は言う。

「そう。確かに、小悪魔…じゃなかった、の腕はたいしたものよ。
 アタシのお店も、バイトにきてもらってた時、いろいろ助けてもらったしネ」
花椿は、目の前に置いた雑誌を除け、少女の前にお茶を置くスペースを作る。
「……でも。アタシが聞きたいのは、どうしてそこを選ぼうと思ったか、っていうきっかけよ。
 アタシの予想では一鶴関係。違う?」
「!」
どうして分かるんですか、と言わんばかりに目を見開いた彼女に、ウインクをしてみせる。
進路を決定する時期、天之橋から、それを教えてくれないと愚痴をこぼされたことがある。少女が隠すとすれば、天之橋に関係のあることだからという推測は、花椿には簡単に成り立つ。
「本人には言えなくても、アタシにだったら言える、って事ない?もちろん一鶴には秘密にするわよ」
押しつけでなくそう話す彼に、少女は少しはにかんだ。
「確か、流通経済学部……だったわよね?もしかして、経営者としての経験を積もうとしているワケ?」
将来、実業家としての天之橋を補佐するために?
しかし、花椿のそんな単純な予想は、少女の言葉によって否定された。
「いえ、違います。私、流通関係のコーディネータを目指してるんです」
「コーディネータ?」
意外な言葉に、花椿の声が怪訝そうに揺れる。
その口調に込められた疑問に、少女は周りを見渡すと、真面目な顔で声をひそめた。

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