「!?」
突然掛けられた声に。
私はびっくりして、振り向いた。
そこには、やっぱり驚いた様子の氷室先生が立っていた。
「あ……、せんせぇ」
ヤバイ、と思いながら呟くと、やっぱり君かと言わんばかりに駆け寄ってくる。
「その格好はどうしたのだ!?君は、もう卒業したはずだろう!」
語気は強いけれど、怒っているようではなくて。
とりあえず、私は照れ笑いをする。
「エヘ。ちょっと、変装してみました」
「そういう意味ではなく……」
そばまで来て頭を振り、先生はじっと私の格好を見る。
卒業してから少しのびた髪を、無理矢理みつあみにして。
伊達眼鏡を掛けて。額を出して。
そうしたら、自分でも割と別人だと思ったのに。
やっぱり先生には、何もかもお見通しのようだ。
「ごめんなさい」
謝ると、先生は少し焦ったみたいだった。
「い、いや。……まぁ、それほど問題はないと思うが……」
少しだけ、立ち話をする。
卒業した後に、私が先生に会うのは初めてで。
大学のこととかいろいろ質問されたから、張り切って答えた。
そうしたら。
「……なるほど。それで?試験が終わったばかりの今日、何故ここに来たのだ?
通常であれば、疲労を静めるために家で休息するのが当然ではないのか?」
そんな風に聞かれて、どう答えようか迷う。
天之橋さんのこと、言ってもいいのかな?
もしかして、迷惑かかっちゃうかな?
口ごもった私に、先生はため息をついた。
「よろしい。では質問を変えよう。……卒業してからも、君は度々理事長につきまとわれ……
いや、誘われているという話を聞いたのだが。それは事実か?」
「えっ!?」
私は質問の内容に驚いて声を上げた。
つ、つきまとわれてるって……そんなこと、誰が!?
「ち、違います!そんなことないです!」
「本当か?」
急いで否定するけれど、先生はまだ疑わしげに見ている。
ええい、仕方ない、と私は心を決めた。
もう卒業してるんだし、構わない……と、思う!
「え、と。これ、一応ナイショですよ?せんせぇ」
「うん?」
私が小声になったので、先生も心持ち耳を近づける。
「ナイショにするって約束してくれます?」
「………いいだろう」
なんだか、先生が少し嫌な顔をしているようにも思えたけど。
気にせずに、口を寄せる。
「私。実は、天之橋さんと、お付き合いしてるんです」
「………」
「ずっと好きだったんですけれど。卒業してやっと、恋人になれて」
「……………」
「だから、つきまとわれてるとかじゃないです。心配しないでくださいね?」
「……………………き、君はっ……!」
先生の口調が、否定するときの声音に変わったから。
私は先手を打って、ぴっと指を立てた。
「私が天之橋さんに相応しくないとか、言わないでくださいね。自分でも気にしてるんですから」
図星だったのだろう。先生はぐっと言葉に詰まり、黙り込んだ。
そう。自分でも分かってる。
こんなわがままな私は、あのひとには相応しくないのかもしれない。
でも、悩んでいても仕方がないから。
あのひとが傍にいてくれるうちは、前向きに頑張っていこうと思うようになった。
今日も、こんな変装までして学校に来たのは、電話して断られちゃったら哀しいから。
お仕事で忙しそうなのに、悪いなとは思うけれど。
会えない気持ちも、もう限界だから、優しさに甘えちゃおうと思って来た。
「…………」
その時、黙っていた先生が、私を呼んだ。
なんだかすごく、怖い顔をしている。
「君は卒業したのだから、そんな人を欺くような格好をしているのは感心しない。
今すぐ、帰って着替えてくるように」
「えぇっ!?だってさっき、問題ないって……」
「気が変わった……いや、やはり思い直した。教師として見過ごすわけにはいかない」
そう言って、引っ張って行かれそうになったから。
私は咄嗟に、駆け出した。
「こら!!!」
先生の怒りの声が聞こえたけど、冗談じゃない。
せっかくここまで来たのに、天之橋さんにも会えずに帰らされるなんて!
「ゴメンナサイ、せんせぇ!見逃して!」
先生が職務として言っているのは分かるけど。
今日だけは、捕まるわけにはいかない。
追いかけてくる先生の足音を聞きながら、私は全速力で走って、天之橋さんの元を目指した。
理事長室に天之橋さんがいてくれれば、匿ってくれるかもしれない。
また、わがままを言ってしまうけれど。
少しでも傍にいたいんだから、仕方ないの!
自分が開き直っているのを自覚しながら、私は理事長室に飛び込んだ。
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