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 Girl Made of? 1 

藤井くん!」

その声は。
呼び止められた少女にとって、かなり聞き慣れた声だったけれど。
だいたいは、彼女に向けられるものではなくて。
しかも、彼女がひとりの時に聞かれることはほとんどなくて。

「……ハ?」

奈津実はかじりかけていたアフォガートを、思わず取り落としそうになった。
振り向くと、そこには予想…というか…記憶通りの姿。
「申し訳ないけれど、少し時間をもらえるかな。聞きたいことがあるのだが」
「………はぁ」
そう言われて、仕方なく頷いたものの。
すぐに、奈津実はある可能性に思い当たった。
「分かりました。でも、ココじゃ駄目です。理事長室行きましょ?」
こんな廊下のど真ん中で話していて、親友に見つかったら妙な勘ぐりを受けかねない。
普段の彼女であればそんな心配はほとんど無いのだが、あいにく彼女は今、情緒不安定に突入している時期だ。何を考えるかは全く予想できなかった。
「ああ、構わないよ。それでは……お手をどうぞ?お嬢さん」
すっ、と差し出される手。
「……そーゆー所が、理事長の良くないところですよねぇ」
奈津実は、ばっさりと言い捨てる。

彼の愛する少女に取る態度とは、なにもかも全然違うくせに。
他の女の子にも、外見だけは同じように振る舞おうとする。

「アタシは、特別なものは特別だって言っていいと思いますけどねー」
揶揄しながら、横をすり抜けて歩き出す奈津実に苦笑して。
天之橋は、先を行く彼女をゆっくりと追いかけた。

 

◇     ◇     ◇

 

「失礼しまーす」
部屋の住人を後ろに従えて、奈津実は挨拶をしながら部屋に入る。
「今、お茶を用意するから」
律儀にそう言われ、今度は奈津実が苦笑する。
「いえ、けっこーです。それよりお話って?」
伺いもせずぽんとソファに座る彼女の所作は、礼儀正しくはなかったけれどとても彼女らしくて。
天之橋は、それを咎める気にはならない。
「ああ。……その、先々月の……話なのだが」
の?もしかして貧血の話ですか?」
言いにくそうに切り出すそれを、奈津実は正確に言い当ててみせた。
「あの時も言いましたけど、それ、絶対にナイショですからね。理事長を信用して話したんですからね」
殊更に、そう念を押す。
天之橋は当然と言わんばかりに頷いた。

彼らの愛すべき少女が、校内で倒れたのは先々月のこと。
それまでも、一日中保健室の住人になったことはあったが、いきなり倒れたのは初めてだった。
原因は、女子なら誰でも少なからず被る生理痛という名の症状。
しかし少女は、それを彼に知られることをことのほか嫌がった。奈津実にしてみれば、同級生ならともかく自分たちの2倍の人生経験を積んでいる彼が、そんなことでいちいち反応しないだろうと思うのだが、少女はそれが恥ずかしくて仕方ないらしい。

けれど。どれだけ隠そうとしても、もともと隠し事や嘘の苦手な少女のことだ。
不順ぎみで月一回ではないが、定期的に貧血・腹痛・情緒不安定に襲われ、理由を聞かれてもはっきり答えない。
送り迎えをしようとしても、車に乗ることを何となく嫌がる。座る椅子を気にする。たびたび席を外す。
これだけの条件が揃ってしまえば、彼に原因を見抜かれてしまうのは時間の問題。

だから、奈津実はあえて彼を巻き込み、すべて説明して、少女の隠し事を見て見ぬふりをすることを依頼した。
天之橋はもちろん了承し、話してくれた奈津実に感謝したのだが。
だが、しかし。
理由が分かっても、少女の苦しみは変わることがなく、自分に出来ることは何も無い。
彼には、それがつらかった。

「こんなことを聞くのは失礼だが、その、……そういう痛みに関してなにか対処法はないものかと思って」
言い淀むのは、その話題に動揺しているのではなく、女性にそんなことを尋ねる無礼を危惧してのこと。
少女を通してある程度は彼を理解し、それを知っている奈津実は、わざとあけすけに答えた。
「そうですねぇ。アタシはあの子ほど重くないから、市販の痛み止めでOKですけど。
 は、婦人科で処方された薬もあんま効かなくって倍々飲みしてるって言ってたから。
 あとは、暖めるとか安静にするとか、そのくらいしかないですね」
「そうか……」
やはりどうしようもないのかと、ため息をつく彼に。
奈津実は少し笑いながら言葉を継いだ。
「痛いのは、さすがにどうしようもないですけど。理事長には他にできることがあるでしょ?」
「……?」
不思議そうに見返した彼に、やれやれと肩をすくめてみせる。
「生理中は、あの子、言動がおかしくなるんですよね。
 そんなとき、理事長が優しくしてくれたら有頂天になって、ずっと話してますよ。
 逆に少しでも変な態度を取られたら、嫌われたって泣き出すし。その辺考えてやってくださいな」
両手をソファにつき、パタンパタンと足を揺らしながら言われる台詞を口内で反芻する。
「つまり……精神的な支えになる、ということかな?」
「御名答」
それだけ言って、奈津実はよいしょと立ち上がった。
「まぁ、いつもの通りでいいっちゃーいいんですけど。感情の起伏が激しくて、変なこと言い出すけど、それを気にしないでいつものように甘やかしてやってくれれば、だいぶ気が紛れると思いますよ?」
「ふむ」
目上の、しかも学園長に対して言う言葉ではなかったが、今の二人は理事長と生徒ではなく。
どちらかというと、天之橋が奈津実に教えを請うている状態だった。

こんな時、奈津実は少しだけこの人を尊敬する。
少女のためとはいえ、自分の半分の年かさもない女子高生に物を教わるのに、きちんと目線を低くする。
それを恥じる様子もなく、強がっている様子もない。
奈津実が調子に乗って軽口を叩いても、咎められたことなど一度もなかった。
確かに悪い人じゃないよねと思いながら、奈津実はじゃあ、と話を切り上げる。
「あ、そだ。あと、“大丈夫?”って聞かないでやってくださいね。困るだけだから」
ドアに半分身体を滑り込ませてから振り向き、ヒラヒラと手を振った奈津実に。
「ああ、わかった。ありがとう、藤井くん」
彼は心からの感謝をこめて、頭を下げた。

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