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 キミノテノヒラ 1 

「パーティ?」

天之橋邸でのティータイム。出た話題に、少女はお茶を飲みながら、首をかしげた。
「そう、少し大きなものになりそうなんだ。会場はここなんだけれど、外の方も大勢お招きするからね」
「へぇ」
イベントホールにも匹敵するほどの広さを持つここで行うからには、その規模は壮大なものになる。
そして、有数の実業家である彼が主催するからには、出席者の身分はかなり上層であるに違いない。
おそらく、はばたき市でも随一のものになるだろう。
上流階級のパーティってどういう感じなのかなぁ?と、のほほんと考えていた少女は、次の言葉でカップを落としそうになった。

「出席する気はないかね?」

少しためらいがちに掛けられた言葉に、少女は目を見開いて彼を見た。
「……私の、パートナーとして」
公式のパーティは、男女ペアで出席することになっている。主催者ならば、ホストとホステスとしてパーティ全体を切り盛りしていかなければならない。
パーティに出たこともないのに、そんなことができるわけない。思わずそう思ってしまった少女を見透かしたように、彼は言葉を継いだ。
「もちろん、主催者としての役割までさせるつもりはないよ。
 君は私の傍にいて……そうだね、私と一曲踊ってくれればいい」
言いながら、お茶のお代わりを新しいカップに注いでくれる。
昇り立つ薔薇の香気をながめながら、少女はつと考え、逡巡した後、上目遣いで答えた。

「……天之橋さんが、構わないなら……」
その態度に、苦笑する。
「気を遣わなくてもいいよ。気乗りしないなら、断ってくれていい。
 本当のことを言うと、私もあまり君を出席させたくはないのだよ」
瞬間、さっと少女の顔に浮かんだ落胆に。
天之橋は慌てて言い直した。
「ああ、すまない。そういう意味ではないよ、ああいったパーティは窮屈なことが多いから。
 学園のクリスマスパーティのように、楽しむ暇があるとは思えないからね」
彼女の頬に落ちた髪を、指で耳に掛ける。
「だから。断ってくれて構わないよ、ひとりでも大丈夫だから」
それがソシアルエラーになることは、少女も知っていた。
欧米のように、厳格な規律はないだろうけれど。
それでも、上流階級と言っていいクラスのパーティであれば、彼の立場にとって良いとは思えない。
そんな考えをもう一度見透かしたように、
「いいんだよ。本当は、君に告げるつもりじゃなかったんだ。気遣わせてしまうと思ったからね。でも」
言って、彼はぽん、と少女の頭をなぜた。
「君は……私のパートナーだからね。君に相談もせず決めてしまうのは、失礼だから」
いつもの穏やかな表情に、照れたような色が浮かぶのを見て、少女の胸が高鳴った。

まだ子供の自分を、唯ひとりの人とはっきりと認めてくれていて。
誰よりも何よりも、優先してくれる。
そんな彼の気持ちに。もしできるなら、応えたいと思った。

「天之橋さん。天之橋さんから見て、現実に、私でなんとかなると思いますか?」
思わずそう、あからさまに聞いてしまう。皮肉ではなく、本気の言葉。
天之橋は微笑し、テーブルについた両手を胸の前で組んだ。
「ああ、思うよ。君は素敵なひとだから」
迷いのないその返答に、少女も照れたような微笑みを返した。
「分かりました。おともします」
彼の表情は、どことなく嬉しそうだった。

 

◇     ◇     ◇

 

それから2週間、少女はできる限りパーティマナーの勉強に時間を費やした。
基本的なマナーやソシアルダンスなどは、大丈夫だと思う。
はばたき学園には礼儀作法の選択科目があり、女生徒はほぼ全員これを選択していたし、少女にとっては成績以上に自分を磨く場であるので熱心に学んでいたから。
ほんの数ヶ月前まで学び、受験期でさえ(理事長の方針により)進学科目に取って代わられることのなかったそれは、そうそう忘れられるものではない。
けれど。教室で優秀だったからといって、現実のパーティでもそうだとは限らない。
礼儀作法は、実際の経験が物を言うことが良くあるからだ。

その点、フォーマルなパーティなどとはこれまで縁のなかった少女は、不安を拭いきれずにいた。
女性は控えめにすることが多いから、落ち着いてあくまで優雅に振る舞えばいい。
彼女のパートナーはそう言って、まるで手芸部発表会の時のように彼女をいたわったが、発表会とは規模も格式も違いすぎた。
何より、そこで自分が失敗したりおかしなことをすると、彼の評価にまで影響してしまうのだ。
勉強すればするほど、早まったかという思いが胸をかすめてしまう。


そして、少女は当日を浮かない気持ちで迎えた。
いつもの車ではない、リンカーンのストレッチリムジンに乗せられ、いかにも高そうな作りのビルに連れて行かれ、ドレスもメイクも着付けも、おそらく超一流と思われる人たちに準備される。
慣れない少女は完全にスタッフの言いなりで、お人形のようにかしこまっているばかりだった。
その緊張が伝わってきて、天之橋は少し可哀想になった。
「大丈夫だよ。どこから見ても素敵なレディだ」
そんな彼の賛辞にも、返ってくる返事は固い笑顔で。
なんとか準備を終えてビルを出る頃には、少女は明らかに不安そうな瞳で彼を見上げていた。
「天之橋さん……私……」
広いリムジンの中でぴったりと彼に寄り添い、袖を掴む手が震えているのが分かる。
天之橋は彼女の肩に手を回し、もたれかかる彼女の髪に口づけた。
「君はただ、パーティーを楽しむことに専念すればいい。
 君が楽しんでくれないと、私までつらくなってしまう。だから……、余計なことは気にせず。ね?」
自分のスーツの胸に飾ってある薔薇を外し、彼女の髪に挿す。
薄いピンクと白のコーディネートの中で、その緋色は少し主張が強すぎたけれど。
少女はそれを指で確認し、ようやくいつもの笑顔を見せた。

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