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 Lady Generation/M.V. 1 

「冬休み、イギリスに行かないか?」
「…………は?」

突然切り出された言葉に、少女はぽかんと口を開けて彼を見た。
予想どおりの反応に苦笑しながら、天之橋は言葉を継ぐ。

「もし君の予定が空いているならの話なんだが…勿論、お母さんの了解も得なければいけないし。でもね、とても良い所なんだ。君の大好きな紅茶も、日本では手に入らないものがたくさんあるしね。」
「あのっ、でも……その……」
「あぁ、花椿も仕事で同行するし、二人きりではないよ。……でも、もし君やお母さんの了解が得られたら、いつでも行けなくなって構わない…と伝えてはあるけれどね?」
「いえ、あのっ…天之橋さん?」
「一週間程だが、私の友人の家に泊まるんだ。庭が広くて、とても手入れの行き届いた薔薇園があってね、あれは是非君に見せたいね。実は私が薔薇を育てるようになったのも彼の影響で……」
「天之橋さんっ!」

言葉を挟みあぐねていた少女が、困ったように少しだけ大きな声を出した。
天之橋は驚いた様子もなく、くすくすと笑いながら問い返す。

「何かな?」
「…え、と…どうして、わたしなんかに?」
「君と一緒に行きたいからだが?」
「………で、もっ…その、わたし英語の成績あんまり良くないし、お友達の方に失礼だし……」
「あいつは日本語で大丈夫だよ。日本に長くいたからね。」
「でもっ、関係ないわたしまで一週間もお世話になっては……」
「是非紹介したい女性がいるから、了承が得られたら連れて行くと話してある。大歓迎だそうだよ。」
「………………。」
「他に質問はないかな?」
「………ありません。」

重ねられる明確な意志表示に、顔を赤らめて俯いて。
ついに遠慮がちな少女が降参した。
天之橋は少しだけ安心したような表情をして、彼女の髪をさらりと撫でる。

「よかった。行きたくないって言われたらどうしようかと思って、君の言葉が怖かったんだ。…おっと、喜ぶのは早いね。お母さんにも許して貰わないとね。」

本当に嬉しそうな彼の表情を見て、少女が小さな溜息をついた。

「あの母は面白がるだけで行くな、なんて言いません…天之橋さんだって知ってるでしょう?」
「そうだね、よく知っているよ。でも一応早めに話しておきなさい、いいね?」


はばたき高校を卒業して九ヶ月。
一般教育課程の出席を埋めながら、休日は彼と映画を見に行ったりお芝居に行ったり。
やっと彼の、恋人としての行動や言動に少しは慣れてきた、と思う。

でも、勿論泊まりで旅行なんて初めてだし。
しかも海外で、いつか行きたいと思っていたイギリスで、一週間、彼のお友達の家に泊まるなんて。
行きたくない訳ではないけれど、本当に、降って湧いたような話。
彼氏と遠出するといつも喧嘩になる、とぼやいていた親友の言葉がいきなり現実味を帯びて蘇る。

「…………わたし…大丈夫かな……」

帰ってきた服装のままソファに沈んで、少女がぽっつり呟いた。

 

◇     ◇     ◇

 

金属音を轟かせてジェット機が集うヒースロー空港は、抜けるような晴天だった。
こんなに晴れることは珍しいんだよ、と彼が嬉しそうに言う。

「イチ!!Hey、イチ!」

到着ゲートを出たところで大きな声がフロアに響いた。

「ジム、君はいつも元気そうだな。」

天之橋がしっかり握手した相手は、イギリス紳士のイメージとは少し遠い感じがした。
彼より身長も横幅も大きくて、赤いチェックのシャツを腕まくりして、乗馬靴を履いていて。
モジャモジャのあごひげを撫でながら大声で笑い、彼の背中をバンバン叩くひと。

「ジム、彼女が。…、こいつがジェイムス・バーキンだよ。」
『初めまして、です。お世話になります。』

少しぎこちない発音で挨拶しながら、少女が丁寧に礼をした。
彼の友達は驚いたようにカウボーイハットを取って、さすがと思えるような様になった返礼をし、日本語で返す。

「こんにちは、ジェイムスです。ジムと呼んで下さい。」
「では、わたしのこともと呼んでくださいね。」
「O・K。…しかし惜しいね。僕がイチより早く君に出会えていたら、僕のパートナーとして社交界に華々しくデビューさせていたのに。」

少女を見つめるジムの視線を遮るように立って、天之橋が笑った。

「私が君なら、今、この場で手袋を投げつけているよ。彼女は私にとって世界一魅力的だからね。」
「イチがこのレディに夢中なのは分かるとしても…レディ?貴女も?」
「え…あの………きゃっ!?」

真剣な眼差しで見つめられ顔を赤らめた少女が、後ろから伸びてきた手に抱きすくめられる。
びくりと震えた体を安心させるように、見知った笑顔が肩に置かれた。

「まだ品定め中なのよね?一鶴にするか、アタシにす・る・か?」
「は、花椿せんせいっ!?」
「Wow!ゴロー!ヒサシブリです!」
「なんだ、花椿来たのか…仕事で遅れると言っていたじゃないか。」

少し不機嫌そうに呟いた彼をウフフと笑って睨んだまま、花椿はジムに挨拶を返した。

「ハァイ、ジム。元気そうネ。この娘はね、アタシの専属モデルなの〜。……ところで一鶴サン?確かにアタシは遅れるか・も・知れないと言いましたけど…アタシの分の予約はどうしたのかしら?
 おかげでアタシは一人寂しくエコノミークラスで?せせこみみっちいシートで?バレないように毛布にくるまりながら?仕事でツメてて空きっ腹なのにサンドイッチなんか押し込んで?……サァ、納得いくように説明シテくれるかしらァ〜???」
「……記憶にないな。何かの間違いでは?」
っ、聞いた、今の?非道いと思わないっ?アタシ一人のけ者にしてぇ〜!」

花椿に大袈裟に泣きつかれ、その背を無意識に撫でながら、少女がメッ、と人差し指を立てた。

「天之橋さんっ、ダメですよ意地悪しちゃ!」
「…来れるか来れないか分からないなら、予約なんかしないでキャンセル待ちで乗ればいいじゃないか…」

すねたように小さな声で反論した天之橋を、少女がまっすぐに見つめる。

「……分かった、悪かったよ。」
「もう、意地悪しちゃダメですよ?」
「……ああ。」

居心地悪そうな答えに念を押すと、堪えきれなくなったようにジムが破顔した。

「ハッハッハッ!レディは素晴らしい貴婦人だね。イチのそんな顔は久しぶりだ…そうだ、あの乗馬大会以来じゃないか?」

意味ありげな目配せに花椿が吹き出し、少女がきょとんと天之橋を見上げる。
しばらく沈黙した後、彼は渋々二人に説明するべく口を開いた。

「…は、あの時一着になった三月さんの娘さんなんだよ、ジム…」
「きゃーっはっはっ!」
「HAHAHAHA!!Realy!?」
「え?……え?」

そういえばそんな話を前に母親から聞いたような、と少女が考え込み思案している間も二人の大笑いは止まらず、しばらくして遂に少女がキレた。

「……そんなに笑わなくたっていいじゃないですか!もう、ジムもせんせいもキライです!…行きましょう天之橋さん。」

少女が天之橋の腕を取り、プイと出口に向かう。
少し困惑しながら、それでも笑みを投げてくる天之橋を見て一気にテンションを落とし、花椿は慌ててスーツケースを掴んだ。

「あ…?ゴメンってば、置いてかないでヨ…ほ、ほらお土産あるし。の好きなバナナミルキー!ねっ?」
「OH〜…レディ、ゴメンナサイ!怒っちゃヤデスゥ〜……」

二人の後ろを花椿と共に情けなく追いかけていたジムが、そっと耳打ちした。

『ゴロー……レディに“キライ”って言われるととてもショックなのは、何故?……』
『……それはネ、彼女がマリア様だからヨ…男は逆らえないようにインプットされてんのよ……』

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