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 狂わせたいの 

くん。テラスのほうに出てみないか」

少しだけ含みのある、焦ったような声音を聞いて、少女は振り向かないまま首を傾げた。
彼が自分に向かって余裕のない態度を取ることはよくある。けれど、こんな公の場ではそれなりに繕っているようだったし、自分も少しは手加減しているつもりだったのに。
目の前のまどかが怪訝そうな表情をするのにくすりと笑ってから、おもむろに振り返る。

「………なんて仰いました?理事長」

他人行儀な態度を敢えて崩さずに応えると、視線の先の彼はもどかしげに眉根を寄せた。

「テラスに出てみないか、と言ったのだよ。今日は晴れているから、きっと星がきれいだよ」
「………それ、状況を考えて言ってます?」

彼女が着ている服は、袖のないシックなドレス。色もデザインも落ち着いているのだけれど、胸は鎖骨のはるか下まで露出しているし、片方の腰から入ったスリットが緩やかなドレープを作っている。
そう、どちらかというとまどかが好きそうな系統のそれは、どう考えても防寒を考えて作られたものではなかった。
なのに、天之橋は意味が分からなそうな顔で怪しむから。
少女は内心で吹き出しそうになりながら、つんと横を向いた。

「12月も終わりのこんな夜に、こんな格好のレディを外に連れ出してどうしようっていうんですか?」
「………!」

語弊があるのを承知で言うと、彼は瞳を揺らめかせて絶句した。
それを無視して視線を戻すと、面白そうな顔で肩をすくめるまどかの姿。
手にしたカクテルグラスに口を付けながら、それに挑むようなウインクを返して。
少女は後ろに分からないように、しー、と唇に指を当てた。

「で、では、飲み物とか……何か、取ってこようか」

彼の声が、ますます狼狽えたものになる。
それでもまだ食い下がっているのは、以前に比べたら格段の進歩かもしれない。葉月や鈴鹿ならまだしも、女の子の扱いをよく心得ているまどかは、彼にとって相手にしたくない部類だと知っているから。
けれど。少女は背を向けたまま、はっきりと首を振った。

「いえ、今、飲んでますから。別に用事はないです」
「っ……!」

瞬間、背後の雰囲気が悲愴なものになって。
彼女に一歩近づいた天之橋が、思わず小さく呟くのが聞こえた。

「き、君は、私の……!」

ビンゴ!

に、と唇の端を少しだけ上げた会心の笑みに、まどかが口笛を吹く真似をする。
少女は鬼の首を取ったかのようにくるりと振り向いて、打って変わった笑顔を見せた。

「“私の”?」
「い……、いや……」

真っ直ぐな視線に射すくめられ、我に返ったように顔を赤らめて。
天之橋はひとつ首を振ると、ため息をついて肩を落とした。

「………何でもないよ………では、ね」

暗い声で呟いて、どんよりと落ち込んで去っていく彼。少女はうーむと呻いて顎に手を当てた。

「今回も失敗か……ちっ」
「自分、容赦あらへんなー。あれはオッサン、かなりきいたで」

その哀愁漂う背中を一緒に見送りながら、まどかは半ば呆れた声を出した。

「もう、イジけて機嫌直さんのとちゃうか。そんな感じやで?」
「そんなのはどうにでもなるけど……なかなか手強いわね。
 もうちょっとまどかみたいになってくれればいいのに」
「……どういう意味や?」

じと、と半眼で睨んでくるまどかに笑顔を返して、少女はぴっと額に指を当てた。

「じゃあ、仕方ないから付き合ってくるよ。ゴメンまどか、さっきの約束キャンセルね」
「おー、まあがんばれや。オッサン落ちたら教えてくれな〜」

それには答えず、ひらひらと手を振って。
もう随分向こうまで行ってしまった彼を追って、人の波の中を駆け出す。

本当は、もう落ちまくってるんだけどねー。

後はもう少し溺れてくれたらな、と心の中で呟く。

彼女がほしいのは、大人で余裕のある素晴らしい教育者の彼ではないから。
子供っぽくて、我が儘で、社会人とは思えないドリームの入った発言をする、うじうじしててやんちゃで見栄っ張りな、素顔の彼がほしいから。
そんなありのままの自分を隠せないほど夢中にさせることが、今の彼女の目的。


「………………用事は無いのではなかったのかね?」

追いついた勢いのまま腕に抱きつくと、前を見たまま歩調を緩めずに、天之橋は低い声で呟いた。
そうそう、こうでなくちゃね、と心の中で頷いて。
拗ねてしまった彼に、極上の笑みをひとつ。

「用がなかったら、一緒にいられないの?
 だって、あなたは私の恋人でしょう」
「………………」

ふ、と彼の足が止まって。
困惑したような彼の瞳が、彷徨った末に自分に向けられるから。
満面の笑顔のままで、腕をひいて背伸びをして口づけた。

「……!」
「さ、じゃあ、お部屋に行きましょうか。恋人としてのクリスマスもちゃんとやっとかないとね」
「え?あ?」
「ぼやぼやしてると、誰かに取られるよ」

職員用のテーブルに鎮座していたワインの大瓶をかっぱらって、少女は鼻歌を歌い出しそうな様子で彼を引きずっていった。

FIN.

あとがき