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 オンリー・ユー 

その可能性を全く考えたことがないかと問われれば、ないとはいえない。
けれども、今まで隠したり誤魔化したりしなかったのは、こんな状況を牽制する為でもあって。
そういう点で言えば、それは予想通りであり、予想外でもあった。


「あ、あの、僕……野球部の試合で先輩を見て……」

彼女を捜して校舎裏の薔薇園まで来た天之橋は、小さく聞こえてきた声にふと気付いた。
見ると、花壇に向かって座り込んでいた彼女がちょうど、その声に応えて立つところで。
彼は隠れるでもなく立ち止まると、校舎の壁に背を付けて彼らを眺めた。

相手の男子生徒は、先日編入したばかりの一年生。まだ着こなせていない制服の裾を意味もなく直しながら、緊張のためかうつむき加減で、歯切れ悪くしゃべっている。

「一生懸命応援してくれるのを見て……その、かっこいいっていうか、憧れてたんです」

角度的に表情は窺えないが、おそらく無意識なのだろう、は曖昧な頷きを返していて。
分かり切っている目的をはっきり言わず、ぐずぐずと話し続けている男子生徒を、持て余しているように見えた。
自分になら分かる、少しだけ苛ついているその態度にくくっと笑いを漏らすと、気配を感じたような彼女の瞳がこちらを向く。

!」

とりあえず、彼女の驚愕した表情にウインクを返して。
凭れていた壁から身を起こし、天之橋はゆっくりと彼らに近づいた。
そんな状況に気づいていないらしい男子生徒は、足下の鞄からごそごそと包みを取り出している。

「……あの、それで、今日は先輩の誕生日だって聞いたんです。
 喜んでもらえるかどうか分からないですけど、これ、プレゼン……」
やあ、くん。こんなところにいたのかい」

わざと彼の言葉を遮って、天之橋は意外げな声をあげてみせた。
は苦虫を噛み潰したような顔をしている。

「随分探したんだよ。どうかしたかね?」

言いながらさらりと髪を梳くと、彼女は慌ててそれを避けた。

「な、なんでもない!」
「そうかね?何か私に用があるのでは?」
「ないってば!いいから、あっち行っ……て、ください」

思わずいつものように答えかけて第三者の存在を思い出し、は危うく体裁を整えた。
展開について行けず固まっている男子生徒をちらりと盗み見て、なるべく平静を装ってひとつ、咳をする。
今までの経験から、彼の行動パターンにはおおよその予想はつく。そしてそれが自分にとって決して歓迎するべきものでないことも。
どうにかして、この場から彼を遠ざけなければならない。

「……なんでもないです。今、取り込み中ですので、お話があるなら後で理事長室に伺います」
「ふむ。それは構わないけれど……」

いつもと違う口調を少しだけ、気に入らなさそうに見て。
自分も男子生徒を一瞥してくすりと笑うと、天之橋は背をかがめて彼女と視線を合わせた。

「ではまた後で、ね」

囁きながら顔を上向かせて、拒否される前に頬に口づける。
そして。

「りじっ……ん、んーーーー!」

頬から滑らせた指で彼女の唇を塞ぎ、天之橋は紡がれようとした抗議を封じた。
そうすると、自分の後ろにいる男子生徒にはキスをしているように見えるのを承知で。
押しのけようとするの掌を器用に弾いて、自分のスーツを掴ませる。

「……!!」

呆然としていた背後の空気が愕然に変わるのを確認した後、たっぷり10秒は経ってから、ようやく天之橋は唇と手を離した。
途端に左右に振られる平手を、容易く避けて。
顔を真っ赤にした彼女の髪に、もう一度キスをする。

「どうしたんだね、そんなに赤い顔をして」
「り、り、りじちょーー!!何すんのよ!!!」
「おかしな子だね。こんなこと、毎日しているじゃないか」

心底不思議そうに首を傾げられる演技に、の我慢が切れた。


「こ、この、馬鹿っっ!時と場合を考えろーーー!!!」


思わず叫んだ台詞に、場が一気に沈黙した。

「………あ。ち、ちが……っっ」

はっとして男子生徒を見ると、彼は思いきりショックを受けた顔をしていて。
慌てて言い訳しようとした彼女に、天之橋はとどめとばかりに極上の笑みを浮かべた。

「分かった、悪かったよ。では、理事長室で待っているから用が済んだらおいで。
 今日は君の誕生日だろう?約束通り丸一日時間を空けたから、なんでもおねだりすると良いよ」
「あ……あ……」

ぱくぱくと口を動かすだけで、どうにも言葉が出ないの代わりに。
男子生徒は暗雲を背負った表情で、俯いて呟いた。

「…………あの……僕……帰ります……。」
「あ、待っ……うわ!」

とぼとぼと歩き始める彼を呼び止めようとした彼女の身体が、ふわりと抱き上げられる。

「用事は終わったようだね。では、行こうか?」
「……こ、のっ……!」

澄まして言う天之橋を怒りのこもった瞳で睨んで、は噛みつくように反駁した。

「アンタ、一体何を考えてンの!?」
「何って、そうだね。記念すべき君の17歳の誕生日を、どうやって過ごすか……かな?」
「違う!あんな嘘ばっかり並べて、変な噂になったらどうすんのよ!」
「私の心配をしてくれるのは嬉しいけれども、別に嘘は言っていないよ」
「アンタの心配なんかしてないっつーの!!アタシがいつアンタと約束した!??」
「誕生日になんでもお願いを聞いてあげると言ったら、喜んでいたじゃないか」
「あ……あれは!」
「願いを聞くということは、一緒に過ごすということではないのかな?」
「………………」
「本当は、私に会えると思ってあんなところで待っていたのだろう?」
「………………」

なんでそう思えるのよ、自意識過剰なんじゃないの、と反発したかったけれども。
横抱きにされたまま、唇が触れそうなほど覗き込まれる笑顔が、どうにも気恥ずかしくて。
は悔しげに唇を咬んで俯いた。

「………おもいっきり、ねだりまくってやる」

腹いせのつもりで呟いた台詞は、意に反して甘くなってしまって。
天之橋はその可愛らしさに破顔しながら、きゅっと握られた指に口づけを落とした。

FIN.

あとがき