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 キャンディスゥイート 

「…………………」

ぱく、と無言でフォークをくわえた彼女が、驚いたように目を見張るのを見て。
天之橋は微笑みながら、紅茶を口元に運んだ。

「美味しいかい?」

すまして尋ねると、複雑そうな瞳。『ケーキの味なんてそんなに変わらない』と言った彼女にしてみたら、素直に認め難いのかもしれない。

一流の腕を持つお抱えのパティシエが、搾りたての生乳から手作りしたバター。契約農場の卵。甘味はそれだけで茶道菓子にも使われるという、和三盆。コアントローを多めに入れて、オレンジの香りを強くして。
彼女が普段口にする、出来てから時間が経ったそれとは、格段に違うはずの味。

「…………おいしいよ。アタシ、ミルクレープ大好きだから」

ようやくそれだけ言いながら、手は忙しく動いている。
それに、苦笑して。

「もっと欲しければ、まだあるけれど」
「ホントに!?」
「ああ。なんならホールで持ってこさせようか?」
「い、いるっ!」

叫びながら、大事に大事に食べていたケーキを少しだけ大きめに切って口に運ぶ。
その動作が何より彼女の喜色を示していて、天之橋はそれに満足しながら小間使いを呼んだ。


「……で。どうだい、店で買うものとあまり変わらないかね?」

ケーキのワゴンを隣に置いて、手ずから切り分けながら意地悪く問い直す彼に、はふてくされた表情をした。
そんなに変わらない、と言い張ることもできたのだけれど、このケーキが二度と食べられなくなるのは辛い。
結局、は両手を上げて、白旗を掲げた。

「あー、おいしいおいしい。お店のとはぜんぜん違いますー!……コレでいいの!?」
「うん、素直なのは良いことだよ」
「なんっでこんなに違うかなー……なんか絶対ズルしてるでしょ?」
「食べ物が美味しいのに理由なんてないよ。良い材料と、腕の立つ料理人。食べ時を逃さないこと。それだけかな」
「じゃあ、家に持って帰って食べたらこんなにはおいしくない訳?」
「まあ、今よりは味が落ちるかもしれないね。今日は君と賭けをしたから、シェフには特に気を付けるよう伝えたし」
「……それってズルって言わない?」

テーブルに両肘をついて、むーっと姿勢を低くするの髪を手を伸ばして撫でると、天之橋はそれにそっとキスを落とした。

「特別と、言って欲しいね。君が望むなら毎日でも届けさせるよ?」
「………!」

途端に頬を染めた彼女が、慌ててぶんぶんと首を振るから。
それで乱れた髪を、懲りずにきちんと梳き整えて。
唇の端についていた生クリームを指で掬って、その指を舐める。

「……………エロオヤジ」

自分に何かされるよりも赤面して、はぼそりと呟く。
その反応にくすくす笑いながら、天之橋は思い出したように告げた。

「では、賭けは私の勝ちだね。御褒美は何だったかな?」
「あー、ハイハイ。またあの長ったらしい舞台を観に行く訳ね。お付き合いしますとも」

ため息をついていても、舞台が始まれば隣にいる自分のことも忘れて見入る彼女。それを知っているから、重ねて言い聞かせた。

「それだけではないよ。その前に服を選んで、終わったら食事。そういう約束だったろう?」
「服はいいけどさ。食事ー?もうフランス料理とか懐石とかはヤダよ。ベタすぎるっつーの」
「嫌かね?」
「居心地よくは、ない」
「ふむ。それなら……」

少しだけ、考えて。
ふと思いついて、天之橋は彼女の耳に口を寄せるように囁いた。

「では、ここで食事にしようか。そうしたら、デザートは好きなものを食べられるよ」
「え!?このミルクレープも!?」
「そうだね。やはり作りたてが一番美味しいから、このケーキが食べたくなったらうちで食事すればいい」
「そ、そんなの、毎日でも食べたいんだけどっ」

嬉しさを隠せない彼女が、半ば立ち上がって勢い込む。
形振りを構うよりも、この極上のケーキを味わうチャンスを逃したくない。そんな姿を、微笑ましく見て。

「それなら、毎日でも来ると良いよ。君のための時間なら、いつでも空けるから」

ケーキしか頭にない彼女に内心苦笑しながら、天之橋は極上の笑みを返した。

FIN.

あとがき