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 三者面談 

好きだからこそ、不安に思うことはたくさんある。



「失礼します」

からりと音をさせて開いたドアに、氷室はふと顔を上げた。
時計を見れば、すでに予定の時間。しばらく考え込んでしまったらしい。
慌てて机の上の書類を整えて、彼女に視線で椅子を勧めた。

「時間通りだな。大変結構」
「はい」

一瞬、脇の空椅子に目をやった彼女が、少しだけ心苦しかった。

三者面談、とはいっても家族の参加は強制ではないため、生徒の中にはこうして一人で面談を受ける者も少なくない。
けれど、彼女のそれは意味が違う。家族が来られないのではなくて、来れる家族がいないためだ。
高校入学前に両親を喪った彼女の家族は、未だ小学生の弟ひとりだけ。普段の彼女の様子からそんな悲壮感を感じることはまずないが、こんな時、その痛ましさと担任教師としての無力さを感じずにはいられなかった。

そんな思いを垣間見させてしまったのだろう。彼女は笑って、氷室に向かって首を振った。

「いえ、違うんです。大丈夫ですよ、私、せんせぇが思うほど気にしてませんから」
「……すまない」
「もう三年近くたったんだなって、逆に感慨深いくらいですから。謝らないで下さい。
 さっきのは、そういう意味じゃなくて……」
「……ではなくて?」
「あ、え、っと。……えっと、」

彼女が口ごもった訳を、自分に余計な心配を掛けないようにしているのだろうと思った氷室は、それ以上は言及せずに書類を広げた。

「まあいい。確かに君はこの三年間、よく頑張ったと思う。それは成績にも生活態度にも表れている」
「ありがとうございます!」
「これだけの結果を残せるということは、日頃の努力の賜物だ。しかも君は、自らの生活を勤労によって支えている。
 生活と学業を両立するというのは、生半可に出来ることではない」
「はいっ」
「君の希望進路がどうあろうとも、大仰な指導は必要ないだろうと考えていたのだが……」

そこで言葉を切って、氷室は手にしたファイルから一枚の紙を取り出した。
それは、生徒たちに事前提出させていた進路調査票。彼女の名前が丁寧に書かれたその下には、しかし、頼りなげな筆跡で「進学」と「就職」の二言だけが綴られていた。
訝しげな様子を隠さずに、氷室はそれを机上に示した。

「しかしこれは……いくらなんでも少し、抽象的すぎると思うが」
「…………はい」
「君ほどの成績であれば、どんな希望であってもそう難しくはないだろう。
 或いは、だからこそ逆に具体的な希望が見えてこないということか?」

選択肢が多ければ多いほど、迷ってしまうのが人というものである。
成績や親の希望などの考慮要素がない分、自らの望みを明確にするきっかけを掴めない、というのはよくある話だ。
そう思いながら見ると、少女は複雑な表情をして俯いた。

「……進学……も。一応考えてはいるんです」

考え考え、彼女が言葉を作っていくのを、待つ。

「でも……それも、自分のやりたいことがよく分からないから……だから、決める期間を延長したいだけの逃げなんじゃないかって……」
「ふむ」
「将来の、夢、というか。進路って。正直に言うと、全然実感がなくて」
「そうか」
「それよりも、私には……その……今、やってるお仕事がすごく好きで。それが進路って言ってしまったらいけないかなって……」
「今の仕事?」

静かに相槌を打っていた氷室が、少し意外げに声をあげた。
確か彼女は、当学園の理事長宅で家令のような仕事をしている伯母の元、その補佐的な役目をしていると聞いた。
こう言っては何だが聞いた印象では、将来の明るい高校生が好むような仕事だとは思っていなかったので、氷室は敢えてそれを尋ねてみた。

「こんな言い方は、誇りを持って職務を全うしている君に失礼かも知れないが……それは、それほどまでにやりがいのある仕事なのか?」

言ってしまってから、表現が悪かったかと内心慌てた氷室に。
しかし、彼女はぱっと顔を上げて、嬉しそうに微笑んだ。

「はい。とっても!」
「そ、そうか。……それならば、今の職に正式に就くというのも悪くはないだろう。
 しかし、もし大学に進学するにしても、今のまま仕事を続けるのは可能なのではないか?」
「……………」
「君には三年間の実績がある。また、将来を考える時間を持つために進学するのは悪いことではない。
 君の思う“将来の夢”が分かるまで、大学で道を模索することも選択肢であると、私は思う」
「………不安なんです」

ふう、と息をついて、少女は調査票を見つめた。

「一番大切なものは、決まっていて。それを大事にしようとする気持ちも、決まっていて。
 でも、それ以外に夢を見つけようとすることが、その大切なものを壊してしまわないかどうか」
「?大切な、というのは……仕事のことか?」
「……そう、ですね。それもあります」

もう一度ため息をつくその表情は、切ない、という表現が似合いそうなもので。
おそらくこれが彼女の悩みの根幹なのだろうと直感した氷室は、少し考えてから口を開いた。

「ならば、問題はないだろう。仕事も学業も、どんな夢でも、その価値は成し遂げようとする努力にこそあるものだ。
 道を選択して何かを捨てねばならなくなる日は、必ず来る。しかし、何が一番大事かを理解している者は、自らが望む道を誤ることはない。そして、それまで努力してきたことは、決して無駄にはならないものだ」
「………あ」
「君が今、何を大事に思っているかは知らないが、夢を見つけようとすることがマイナスになるとは私は思わない」
「………はい」
「少しは参考になっただろうか?」

無言で頷き、ふっと目を上げた彼女の表情には、先ほどの憂鬱そうな色はなかった。
それに満足して、頷き返そうと思ったとき。


やあ、遅れてすまないね」
「!?」

軽い音とともにドアが開かれ、聞き慣れた声がした。
驚いて振り向く少女とは裏腹に、氷室は眼鏡に手をやりながら厳しい目を向けた。

「出席なさるなら時間厳守、と申し上げたはずですが?」
「すまない。理事会の進行が遅れた上、道が混んでいて……」

決して軽々しく考えているわけではないよ、と弁解しながら、天之橋は彼女の隣に腰掛けた。
目を瞬かせながら呆気にとられている少女に、氷室が説明する。

「理事長は、我が校において書類上は君の後見人ということになっている。
 保護者として、また現在の雇用主として、君の面談に関わる権利があると主張されているのだが」
「え!?あ、あれって本気で仰ってたんですか!?」
「勿論だよ」

先日、茶飲み話の傍らに言われた時は気にも留めず、先ほど部屋に入って思い出したときもやはり冗談だったかと思った。
だからこそ、氷室に対して素直に悩みを打ち明けることも出来たのに。
彼女が泣きそうな表情をしているのを見て、氷室は眉を顰めて付け加えた。

勿論、君が嫌なら拒否することもできるが?」
「い、嫌だなんて……そんな……」
「私に遠慮することはないよ。聞かれたくないなら、席を外そう」
「そ、そんな……」

二人から見つめられて、少女は狼狽したように俯いた。
面談に同席されることは、構わない。彼に進路を隠そうという気持ちはない。
けれど。
先ほど氷室に打ち明けたことは、抽象的ではあったけれど、彼に対する自分の気持ち。
卒業して、学園を去って。ほぼ一日中傍にいられる環境が変わってしまうことへの、漠然とした不安。

そんなことを考えているなんて、知られたくない。でも、彼を拒否するなんてできない。
頬に朱が昇っていくのを感じながら、少女は消え入りそうな声で、いいです、と呟いた。
そして氷室が今までの経緯を説明する間中、お願いだから気付かないでと祈り続けたのだけれど。

「………なるほど」

話を聞き終わった彼の声音は、明らかに笑いを含んでいた。
それと同じような視線が、斜め横から降り注ぐ。少女はますます顔を赤くして身を縮こまらせた。

「そうだね。私も氷室君の意見に賛成だ。
 今は色々な道を模索して、試行錯誤をしても良いと思うよ?」
「……………」
「更に言わせて貰えば、君は私にとって、とても……大切なひとだからね。どうなろうとも、手放すつもりはないよ。
 ああ、もちろん、雇用主として……ね?」
「…………!」

悪戯っぽい口調で言われる台詞に、少女の背中がぴくりと震えた。
それに、柔らかく微笑んで。

「もしも将来、君が違う道を進みたいと思えばそれも良いだろう。だが君が望む限り、こちらから道が閉ざされることはない。
 ……それを、よく覚えておきなさい」

言い聞かせながら、表情を隠している髪をさりげなく撫でる。
しばらく沈黙して、小さく頷いて。
安堵したようにつかれた吐息が、少しだけ、潤んでいるようにも思えた。


では、これで本日の面談を終了する。また何かあれば個別に質問に来なさい」

氷室はそう言って、机に置かれた書類をまとめた。
少女は俯いたままぺこりと頭を下げた。

「はい……ありがとうございました。」
「理事長、次もまた参加されるのであれば、二度目の遅刻は許容しません。そのおつもりで」
「ああ、すまなかったね。良い勉強になったよ」
「?……それは……光栄ですが」

では、と言い置いて、教室を後にする。
感情が昂っている風な彼女を、普段ならば送っていくのだが、同じ家に帰宅する理事長がいるのであれば構わないだろう。

同じ、家、に?

その時ふ、と半瞬だけ感じた違和感を特に気に留めず、氷室は明くる日の準備をするために職員室へ戻っていった。

更に続く?

あとがき