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 はじめてのおつかい 

たった一週間でも、慣れることと慣れないことがある。



じゃあ、おつかいに行ってきて」

半ば勢いで告げられた言葉に、少女は勢い込んで頷いた。

この家にきて一週間。精神も身辺も大分落ち着いてきた少女は、暇と義務感を持て余していた。
学校はまだ春休みで、準備も特には必要ない。
初日に言われたとおり、弟と連れ立って敷地内の散策などもしてみたが、端から端まで見て回るのは二週間やそこらでは無理だと判断し、大まかに覚えたところでやめてしまった。

そして、それを終えてしまうともう、することがなくなった。
花壇の水遣り一つにしても、管理している人間の都合というものがあるので、勝手にやるわけにはいかない。
かといって、部屋でのんびりと過ごしていては、ここまできた意味がない。

結果、ようやく普通に話せるようになった他の使用人たちを捕まえては、やることがないか聞いて廻ることになる。
そして、その被害を誰よりも被っていたメイド頭が、耐えかねたように与えたのがその役目だった。


少女は買い物のリストとお金と買い物かごを預かると、使命感に燃えた顔をして部屋を出た。
てくてくと歩きながら、メモを確認する。
迷わないように指差し確認をしつつ通用口へ向かった彼女は、ドアを開けたところで執事に出会った。

「あ、執事さん」

こんにちは、と普通に言いかけて。
慌ててメイド服のスカートを摘み、教えられた挨拶をする。
いくら慣れなくても、仕事中に公私混同してはいけない。その一途さを見透かして、執事の瞳が柔らかく細められた。

「買い物ですか?」
「はい。伯母さん……じゃない、加納さんから言付かりました」
「そうですか」

メモをちらと流し見て、執事は少し考え、少女に待つように言って奥へ入っていった。
すぐ戻ってきた彼に渡されたのは、剪定用らしい鋏。

「では、私も用をお願いして良いでしょうか」
「も、もちろんです!」
「これを温室まで届けて下さい。温室は通用門の手前ですから、出る前に寄ってくれれば良いですよ」
「はい、分かりました。行って参ります!」

ついと姿勢を低くして挨拶した後で、更にぺこりと頭を下げて出て行く彼女を見送って、執事は小さく笑ってみせた。



「ほんと、この家って広いよねえ……」

感嘆と文句が混じったような口調で独りごちながら、少女は更に歩いていく。
十分も歩くと、ようやく温室と門が見えてきた。

「温室に……温室に、これを」

確認するように呟き、かごから鋏を取り出そうとして、はたと立ち止まる。
届けろと言われたけれど、温室のどこに置けばいいのだろうか?
この屋敷に相応して、規模が小さくない温室。ちょっと覗いただけでも道具を置く場所など無数にありそうだ。

「どうしよう……戻って、執事さんに……でもお忙しい方だから、どこにいらっしゃるか……」
おや?」

おろおろと狼狽える少女の耳に、その時、もう聞き慣れた声が聞こえた。

。どうしたんだい?」
「旦那様!」

慌ててもう一度挨拶の仕草をしてから、少女はほっとした顔で駆け寄った。

「よかった。あの、執事さんからこれを温室に届けるよう言われたのですが」
「これを……?」
「はい。でも、どこに置いたらいいのか分からなくて」
「ふむ」

少しだけ不思議そうにした彼は、ふと彼女の買い物かごに目をやった。

「買い物かね?」
「あ、はい!先におつかいを言付かって……その途中で届けるようにって、執事さんが」
「……なるほど」

彼女が手にしているメモを覗き込んでみると、一見しただけでも買い置きの品だと分かる。つまりは今買わなくても支障がないもの。
急ぐ必要がないと判断した執事が、こちらに寄らせようとして用を言い付けたのだろうと思って、そしてそれに全く気付いてない彼女がおかしくて、天之橋はくすくすと笑った。

「……?旦那様??」
「いや、なんでもないよ。どうもありがとう。
 ではお嬢さん、ちょうど良いから今日のプレゼントを」

鋏を受け取ると、天之橋はそれを使って側にある花壇の花を摘み取った。

「まだ少し早いのだけれどね。白薔薇はあまり開いていない方が綺麗に見えるから」
「わあ……」

つぼみに近い白薔薇を何本か渡されて、少女は小さく声をあげた。
もう一週間。最初の日の言葉通り、彼は彼女に毎日花を贈っている。
大きな花束だったり、一輪挿しだったり。鉢植えに植えられていたり。それを、毎日必ず手渡しで。
すでに部屋に溢れているだろうそれらに慣れても良い頃なのに、やっぱり頬を染め感動したように眺める姿を見ながら、天之橋は近くの物置台に鋏を置いた。

「多少は摘み置きしても大丈夫だから。買い物から戻ったら水切りしてあげなさい」
「は、はい!ありがとうございます!」

嬉しそうに首を竦め、薔薇を大事そうに両手で持ち直す。
それに微笑んで。

「では行こうか?」
「……え?」

言いながら肩を押すと、不思議そうにしながらも少女は促されるままに歩き出した。

「買い物だよ。私も一緒に行こう」
「え……ええ!?そんな、旦那様、ダメです!!」
「構わないよ、どうせ散歩しようと思っていたんだ。屋敷内を歩くのも外を歩くのも一緒だから」
「だ、だからって、おつかいに付き合わせる訳には!!」
「それに、買い物と言っても、君はまだこの辺りの店を知らないのでは?」
「………」
「コンビニで全て揃えるのは無理そうだし」
「………………」
「どうせなら私の贔屓も知っていて欲しいからね。一緒に行って、あれこれ選ぶのが一番だろう?」
「………はい………」

俯いて小さく答え、恥ずかしそうに頷く。
それに満足して、天之橋は柔らかい髪をさらりと梳いた。


「初デートがショッピングというのも、なかなかオーソドックスではないかな」

更に続く?

あとがき