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 出逢い 

初めて彼女に会ったとき、思っていたイメージとの違いに驚いた。



「明日からお世話になります、と申します」

伯母であるメイド頭からそう紹介された少女は、少しうつむき加減でぺこりと頭を下げた。

です。よろしくお願いします」
「……よろしく」

咄嗟にそれだけしか返せない主人に、メイド頭は物慣れた様子で一礼をして、少女をソファに座らせる。

促されて戸惑ったように伯母を見る目も、おずおずと腰掛ける様も、まっすぐに伸ばしたというよりは引き攣ったような背筋も、イメージとは違っていた。
とても、15の身空で『自分ひとりで生きていく』と豪語したような少女には見えない。

そんな彼の戸惑いを知ってか知らずか、メイド頭はかすかな音を立てて紅茶のカップを置くと、また礼をして部屋を出て行った。
それを不安そうに見送るのがおかしくて、つい笑い声が漏れる。
少女は驚いたように彼を振り向いた。

「……いや、すまない。悪気があったわけではないんだ、あまりにも君が緊張しているのでね」
「ご、ごめんなさい!」

途端にびくりと身を縮める彼女に、天之橋はようやく意外さの動揺から抜け出して笑みを向けた。

「謝らなくてもいいよ。初めて来る所なのだから緊張するのも当然だ。
 ましてや君は、色々と環境が変わって大変だったろうからね」

少しだけ瞳を伏せた彼女を目の端で捕らえながら、お茶を勧める。

「君のする一番最初の仕事は、ここの環境に慣れることだね。仕事を覚えようなどと今はしなくていい。
 他の人と顔見知りになって、話をして、あちこち探検して」
「……探検?」
「そう。この家のどこがどうなっているか、知っていないと何もできないだろう?
 屋敷の中も敷地の中も、好きに見て回るといい。そうだね、弟君にも知っていてほしいから、できれば一緒に」
「は、はい」

探検、などという言葉が出てくるとは思わなかったのだろう。少女はきょとんとした表情を隠すように頷き、慌ててお茶を手に取った。

「あとは……そうだね、申し訳ないけれど、君の伯母さんには色々と管理を任せてあるからいつも一緒には居られないと思う。
 もし何かあれば、私に直接言ってきなさい」
「そ、そんな、わざわざお手を煩わせるわけには」
「いいんだよ。仕事の方も一番忙しい時期は過ぎたし、しばらくは自宅でゆっくりしようと思ったところだから」
「はい……」
「ああ、そうだ」

まるで一番重要な仕事を思い出したかのように、天之橋はカップから目を上げた。

「忘れる所だった。はばたき学園への入学の件だが」

そう告げると、少しくつろいでいた少女の背筋がまたぴっと伸びた。

「それは……」
「どうしても、駄目かね?」
「え?」

『お気持ちは嬉しいのですが』と謝絶しかけた言葉を、思わず飲み込む。
伯母伝てに一応返事は聞いているのだろうが、それでも念を押すその様子は、いかにも残念そうに見えた。

「あの、だ……旦那様」

年季のいった伯母の物言いをそのまま真似したような呼びかけが恥ずかしかったが、あえて無視して。

「なんだか……なんだか、あの、まるで、残念…なように見えるのですが」
「残念に決まっているよ」

少しだけ憮然として、天之橋はわざとらしくため息をついてみせた。

「私の学園は、それはもう素晴らしい所なんだ。景色や設備もそうだが、何よりも校風がね。
 制服も人気があるほうだし、教諭陣も優秀。自分では非の打ち所がないと思っていたのに」
「……はあ」
「なのに、君には簡単に振られてしまった。これでは自信を無くさざるを得ないね」
「そ、それはっ」

論点が違う、ということをどう説明しようかと口ごもった彼女に、もう一度ため息。

「ああ、君の意思を蔑ろにするわけではないよ。高校に行かないという選択ももちろん良いと思う。
 ただ、君が私の学園を好きになってくれる確信があったから……ね」

小さく首を振り、それ以上何も言わずにお茶を飲む姿を見て、少女は困惑して眉を寄せた。
仕事をするためにここに来たのに、衣食住はともかく学校などという無用なもので世話になるわけにはいかない。ただでさえ、義務教育の弟を養うだけの目処を立てさせてもらっているのに。
けれど。彼の言葉を聞いていると、それを体験しないのは至極もったいないことのように思えた。

「……でも……」

かなりの時間迷ってから、少女はポツリと呟いた。

「でも、学校なんて行っていたら、お仕事が疎かになりますし……」

天之橋の口元に、かすかな笑みが走る。

「仕事をしたい君には、気が進まないかもしれないけれどね。さしずめ研修、という感じかな」
「研修?」
「そう。会社に入っても、新人は研修から始まるだろう?」
「研修……」
「この家と学校に慣れたら、少しずつ仕事を覚えてくれれば良いよ。
 では、折角だから少し学園を案内しようか?」
「え!?で、でも、まだ他の方に御挨拶がっ」

驚いて少女が見上げると、天之橋は嬉しそうにソファから立ち上がりながらするりと手を差し伸べた。

「そんなものは明日で良いだろう?君はまだ、この家の使用人ではないのだから。
 さ、お嬢さん、お手をどうぞ」
「……………」

い、いいだろう…って言われても……。

途方に暮れて、差し出された手と彼の顔を交互に見る。
しばらくすると、満面の笑顔の(明日から自分の雇い主になる)彼が、じっと自分を待っているのが不意におかしくなって。
一瞬、ふっと気が弛んで、気が付いたらその手に自分の手を置いていた。


「あの……あの、旦那、様」
「うん?」

手を引かれておずおずと立ち上がりながら、独り言のように呟く。

「私、その、ほんとうは中学の時……はばたき学園が第一志望だったんです。……あの、本当です!」

言ってから、追従だと思われたらどうしよう、と慌てた少女に。
天之橋は極上の笑顔で応えた。


「それは嬉しいな。教えてくれて有り難う」

更に続く?

あとがき