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プロローグ
それはきっと、成り行きと気まぐれが多分に含まれていたのだと思う。 「……この家に?」 「はい。できるなら勤めたいと申しているのですが」 勤続二十数年になるメイド頭が、ある日ふと話を切り出した。 妹の娘が両親を亡くし、身寄りがないので引き取りたい。けれど、彼女は他の家に厄介になるのは申し訳ないといって譲らない。 自分で働いて生きていくから、という気丈さは感心に値したが、メイド頭にとってはたったひとりの姪だし、しかも彼女には年の離れた弟がいる。放っておけるはずがない。 話し合いの結果、この家で働けるなら……と姪も譲歩したらしい。 天之橋はメイド頭の律儀さに苦笑しながら、机に置かれたお茶を取り上げた。 「そんな事情なら、わざわざ了解を得なくても構わないよ。執事のところに連れて行くといい。 彼ならきっと、首を横には振らないだろう」 「有り難うございます。まだ若年ですがしっかりした娘ですので、ご期待に添うよう教育いたします」 「……若年?」 自分で働いて生きていく、という発言からして二十歳前後かと想像していたのだが、メイド頭の返答は彼を驚かせた。 「先日15になったばかりで……この春に中学校を卒業しますので、その後仕事につかせようと思います」 「15!?」 愕然と見返す天之橋を予想していたかのように、小さく微笑む。 「しっかりした娘、と申し上げましたでしょう?14で両親の喪主を務めて、親戚の援助も全て謝絶した子です。 まだ十にもならない弟の手を引いて、一度も涙を見せない様子はさすがに痛ましかったですけれど」 遠い目をしてそう呟いてから、彼女は少し憚るような表情をして居住まいを正した。 「ともかく、働かずに世話にはなれないというのが本人の希望ですので。 若年ゆえ旦那様にはご不安でしょうが、私が責任を持って監督いたします。どうかしばらくの間、ご容赦下さいませ」 「いや、それは……構わないが」 戸惑ったように口元に手をやって、天之橋は言い淀んだ。 何か力になれないか、と自分が言い出すことを先読みされたことは分かったが、それでも何か言葉を探す。 「仕事は……もちろん、無理のない範囲で設定して……部屋も、姉弟それぞれ用意するように。 生活に必要なものは全て、先に手配しておきなさい」 「はい」 「そうだ、それと」 ふと思いついて、天之橋はデスクの書類入れから封筒を取り出した。 「これを彼女に」 「……これは?」 視線で促され、中に入っている書類を確認したメイド頭は、少し呆れたように主人を見返した。 それを、肩をすくめて受け流して。 「高校生活は大切な経験だ。自分で選択したのならともかく、そうでないなら妄りに妨げられるべきではないよ。 他にも同じような経緯で入学する生徒がいるのだし、別に彼女に限ったことではない。 もし本人が、高校に行かないことを希望するのなら仕方ないけれど」 もう一度ティーカップに口を付けながら、天之橋は楽しむように頬を弛めた。 「はばたき学園は素晴らしい学校だと、彼女に伝えてくれ」 更に続く? |
あとがき |