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 はじめてのきもち 

「………今、なんと言った? すまないが……もう一度……言ってくれ」


ずれた眼鏡を直すことも忘れて、私は目の前の少女を凝視した。
聞こえた台詞が聞き違いであるようにと、信じてもいない神に祈りながら。
しかし、神はやはり、信じる者の味方だったようだ。

「えっと。私、結婚しますので、式に出て頂きたいのですが」

彼女は薄く頬を染めながら、倖せそうな顔で白い角封筒を差し出した。

「………………………」

咄嗟に手が出ず、沈黙してそれを見る。

ここは、放課後の廊下で。
目の前の少女は、自分が密かに想いを寄せている、担任するクラスの生徒。
もちろん私とて、女子が16歳以上で結婚できるという法律を知らないわけではない。
だが。
高校生が結婚するということが、特異な出来事であることに違いはない。
しかも……よりによって?彼女が?結婚??

なんだ。
なんだ、これは?

らしくなく混乱し、ぐらりと世界が廻るのを感じながら、私は必死で体勢を保った。
どう対処すればいいのか。担任教師として、言ってもおかしくないことはなんだ?
今にも喉から出そうになっている、『相手は誰だ』という問いは……最後に聞かなくてはならない。

「………いくつか、確認したいのだが………」
「はい?」
ようやく声を絞り出すと、少女はきょとんとして私を見た。
「その……君はまだ学生だろう。け、結婚……というが。少々早いのではないか?」
一応『氷室先生』らしい台詞が出たことに、安堵する。
「そういったものは、そう。人生の経験をある程度積んでからの方が望ましいと思うが」
口が滑らかになってようやく、ずれた視界に気づき、眼鏡を直した。
「何故、今。在学中に、なのだ?………まさか!」
「ち、違います!そんなんじゃないです!」
珍しく俗っぽい理由を思い当たり、声を荒げた私に、彼女は今度ははっきりと顔を赤らめた。
「そ、そうか。そうだろうな。すまない、ついおかしな事を言ってしまって」
彼女の慌てぶりが移ったかのように狼狽えてしまい、私は何度も眼鏡を上げた。

そうだ。何を考えているのだ。
よりによって彼女が不純異性交遊などと!!

それが誤解だったことで僅かな余裕を得、私はコホンと咳をした。
「しかし、では何故だ?君の年なら、相手とてそう経済能力があるわけでもあるまい。
 共働きならまだしも、学生の君を養っていけるかも問題ではないか」
自分なら十分、養っていけるが。
さすがにそれは、心の中で呟く。
彼女はうつむいて、どう切り出そうか迷っているような様子を見せた。
「………え、と。経済能力は……全然問題ない、と、思います」
「何?」
すると、金持ちのバカ息子などという類の人間か?
舌打ちしたい気持ちを堪えて、次の台詞を選ぶ。
「だが……在学中の婚姻ということになれば、学園内での悪い噂になりかねない。
 それよりは、せめて卒業まで延ばした方がいいのではないか?」
よし、我ながらうまい言い様だ、と満足しかけた私に、しかし少女は申し訳なさそうな顔をした。
「あ、あの……実は、一年生の時から私がその方を……その……お慕いしてるってことは、クラス皆が気づいてたみたいなんです。
 クラス替えもあったので、もう学年中が知ってるみたいで。なつ…藤井さんに話したら、皆、式を手伝うって張り切ってるらしくて……」
「………………」
おずおずと告げられる事実に、私は再び硬直した。

すでに学園中がこのことを知っているだと?彼女が結婚することを、皆が?
いや、それよりも。
一年生の時から気づかれていた、ということは、相手は学園の関係者ということで。
そして、彼女が『その方』と表現したということは、目上の人間だということで。
学園内で目上の人間と言えば………。

一瞬、最悪に嫌な可能性が横切った気がして、私は思わず顔を顰めた。
浮かんだ考えに気づきたくなくて、無意識に別の話題を探してしまう。
「ところで……。その……」
意味なく呟いてから、私はふと、彼女の襟元に痣のようなものがあるのに気づいた。
これ幸いと、さも初めからそのつもりでしたと取り繕って言う。
「どうしたのだ?それは。また転びでもしたのか?」
よく見ると、襟元だけでなくうなじや首筋にも、同じような内出血らしい痕が見えた。
「えっ?」
彼女は、心配そうな私の視線を辿って。
自らを見下ろした途端、見えもしないだろうそれに気がついたように、ばっと両手で体を隠した。
かああああっ、と。先程の比ではないほど顔を染め、俯く。
「………!!」
その瞬間、私にもそれが何なのかが分かり、私はみたび硬直した。


何とも言えない沈黙が、辺り一帯に流れる。


「………………」
「あ、せんせぇ!とりあえずこれ、招待状です!都合がつけばでいいですから、よかったらきてくださいねっ」
何か言われる前にと、封筒を押しつけて。
勢いよく一礼して踵を返そうとした彼女の腕を、私は思わず掴んでいた。
「?せ……せんせぇ?」
彼女は怪訝そうに、私を見る。
「………止しなさい」
「え?」
「そんな輩と結婚などしなくてよろしい!止めなさい!!」
自分でも驚くくらい、激しい言葉が口をついた。
少女は目を見張って私を見つめている。

今だ。もう、今しかない。
私はすうっと息を吸って、彼女に想いを告げようとした。
その時。


?」


今、一番聞きたくない声が、自分の後ろから響いて。
その瞬間、見てしまった。
彼女が無意識にほころばせた、倖せそうな笑顔を。

「天之橋さん」

一番聞きたくない名前を、呟いて。
彼女は、思わず手を離した私に礼をして私の横をすり抜け、彼の傍に走り寄った。

「皆に渡せたのかね?」
「えと。まだ全員には……珪くんがお仕事で、学校に来てなくって」
「そうか。まあ、まだ時間はあるのだし、今週中に渡せばいいのではないかな」
「はい!」

「…………………」
完全に自分を無視した甘ったるいやりとりに、普通の人間なら入っていけないところだが。
担任教師で彼女を指導する立場、という大義名分がある(と信じている)私は、キッと振り向くと、少女の傍の学園長を睨み付けた。

「………理事長」
「なんだね?氷室君」
彼は、いつもの微笑を浮かべて私を見る。
その笑顔が、自分に対する優越感を含んでいるようで腹が立った。……いや、実際に含んでいるはずだ。
私が彼女に想いを寄せていることを知っていて、彼女を誘い出したりお茶会をしたりしていることで、私は常々彼の悪意を感じていたから。

「ご自分の学園生徒に手を付けるなどと、恥ずかしくはないのですか?」
その台詞に、驚いた顔をしたのは彼女の方だった。
彼は顔色ひとつ変えず、聞いている。
「百歩譲って、生徒と恋愛関係にあったとしても。彼女のことを思いやって卒業まで待とうと考えるのが、分別のある大人の判断ではないのですか!!」
「………さてね。果たしてそうかな?」
笑いを含んで言いながら少女の髪を弄ぶことに、私はあからさまに不愉快の視線を送った。
もう、表面を取り繕っている場合ではないと感じたから。
「私も一瞬、そう思わないでもなかったが……やはり、失礼だと思ってね。
 女性の方から結婚の申込みをされるとは情けないが、されたからには応えなければと思うのだよ」
「あ、天之橋さん!!」
その言葉に愕然として少女を見ると、彼女は赤い顔をして彼を見上げている。
「何もそんなこと他人にばらさなくても……それに、あれは天之橋さんが言わせたんじゃないですか!」
私のせいにするなんてひどいです、と可愛らしくむくれる彼女に、笑いながら謝って。
彼は、二人の台詞に大ダメージを受けてしまった私に向けてククッと笑い、更なる爆弾発言をした。
「そうだね、別に君だけがそれを望んでいるわけではないよ。私も気持ちは同じだから。
 それに、卒業まで待とうにも、もう入籍は終わっているのだしね?」
「……!!!!」
「まぁ、氷室君。君も愛する女性が出来たら、分別などとは考えずに行動した方が良いと思うよ。そんなことでは他の男に取られてしまうから」
ささやかなアドバイスだがね、とウインクをして。
あわてて礼をする少女の肩を抱きながら。

彼は、これでもかと私を打ちのめして、その場を後にした。

 

◇     ◇     ◇

 

納得がいかない。

廊下を常になく乱暴に歩いて、私は理事長室に向かっていた。
納得など、いくわけがない。
は、氷室学級のエースで。清楚で従順で優秀な、自分の自慢の生徒だったはずだ。
その彼女が、そんな馬鹿な選択をするわけがない。
よしんばしたとしても。それは迷妄しているだけで、それこそ自分が目を覚まさせてやらなければ!

いつの間にか小走りになりながら、私は理事長室の前まで辿りついた。

今度こそ、あの悪辣な理事長の言動に負けないように、気合いを入れようとして。
ふと漏れ聞こえた声に、理事長室のドアが少しだけ開いていることに気づいた。
普段何をやっているか分からない秘密主義の彼にしては珍しいことだったので、私は無意識に部屋の中に目をやって。

絶句した。

ドア近くのソファに、彼女が座っていて。
その上から覆い被さるようにソファに片膝をつき、彼女にキスをしている理事長の姿が見えたから。

「……ん……」

そんなことをされているのに、彼女は抵抗もせず、頬を染めておとなしく上を向いている。
かすかに聞こえる呻きが艶めかしく聞こえて、私はまた眩暈を感じた。

その時。
彼女の唇を貪っていた理事長の目が薄く開けられ、瞳だけが気配を察したかのように動いて、私を見た。
息を継ぐ合間の、わずかに離した唇で、薄く悪魔のように笑って。
動けない私に見せつけるように、彼女のスカートに手を入れる。

「………!………!」

思わずぱくぱくと口を開閉し、一歩後ずさった私の目の前で。

「ふぁ……!」

彼女が、今まで聞いたことがない類のそう、まさに嬌声と言って良い様な声を上げた。

「良い声で啼くようになったね……初めての夜とは別人のようだ」
笑いながら掛けられる屈辱的な言葉に、彼女は恥ずかしそうに身を捩る。
「ヤ……、あまの…はし、さん……」
「何が嫌、なのだね?」
更に追いつめる台詞。彼女はあえぐように息をついた。
「いじわる…しないでください。こんなところでは嫌だって、知ってるくせに……」
「では、ここでなければいいのかね?」
「……うー……」
先程よりもっと、恥ずかしげな声を出して。
彼女はためらいながらも、こくりと頷いた。

私は思わず、ふらふらと後ずさって来た道を引き返していた。
人生で初めての、完膚無きまでに見せつけられた挫折感を感じながら。


「では、奥さん。我が家に帰って続きをしようか?
 君が欲しいだけ可愛がってあげるから」


追い打ちを掛けるようにククッと笑うその笑い方を私は一生、忘れないだろうと思った。

終わる。

あとがき