パタパタと廊下を走ってくる音がして。
少し手前でそれは止まる。
続いて聞こえるノックの音。
「はい、どうぞ」
ドアから半分だけ顔を出した少女に、思わず顔をゆるめる。
「レディは廊下を走っちゃいけないよ」
「……えへへ、やっぱり聞こえてました?」
「やめるならもっと前にやめなければいけなかったね。
さぁ、中に入りなさい」
「はぁ〜い」
ふわりと部屋の中に入ってきた彼女の格好に目を奪われる。
「それは……」
純白のウェディングドレス。
「ふふ、学祭でのファッションショー用のです。
小物なんかはまだなんですけど、ドレスだけは出来上がったから、
その……」
顔を赤らめながら話す彼女の元へゆっくりと近づく。
「あぁ、君にとてもよく似合っているよ。そのまま教会に……っ!」
「……?どうかしましたか?」
「い、いや……」
一瞬、香ってきた匂い。
この香水は……。
「天之橋さん?」
―― 彼女は……。
「……花椿と一緒だったのかい?」
「え!?」
これ以上ない程に赤くなる彼女で、答えは分かった。
「きゃあっ!」
「アイツにも褒めてもらったのかい?」
花椿に先を越されたと知って。
どうにもならない感情が心の中を渦巻く。
気が付いたときには彼女をソファに押し倒していた。
「褒めてもらったんだろう?結婚式をあげようとでも言われたかい?」
「やぁっ!あ……まの、はし、さんっ!」
「匂いが移るほど抱きしめられて、キスしたんだろう!?」
彼女の口をふさぐ。
もう、どう思われても構わなかった。
彼女が……、永遠に手の届かないところへ行ってしまったようで……。
「ん、んん!……あ、天之橋さんのバカ!!」
口を離した瞬間、涙をいっぱいに溜めた彼女に頬を叩かれる。
「なんで……、なんでそう、早とちりなんですか!!」
ぼうっとした頭で考える。
早とちり……?
「このウェディングドレスの生地、花椿せんせいからもらったんです!
せんせいの匂いがして当然じゃないですか!
これ……、さっき出来たばっかりで、わたし……、わたし、
一番最初に天之橋さんに見せに来たんですよ!?」
「し、しかし……、
君はさっき、花椿と一緒にいたのかと聞くと顔を赤らめて……」
「そ、それはっ!
……花椿せんせいに手伝ってもらったのが分かっちゃったのかな……って。
で、でも、手伝ってもらったのはちょっとだけですよ!?」
慌てて弁解する彼女の声が聞こえていたが、もう私はそれどころではなかった。
―― 私は……大馬鹿者だ。
勝手に早とちりをして彼女を傷つけ、
自分から彼女に嫌われたのだ。
「すまない……。君を傷つけてしまった」
―― つまらない嫉妬心で……。
ゆるゆると、ソファの上から降りようとする。
「……本当に悪いと思ってます?」
「……あぁ、思っている」
「じゃあ……、キスしてください。今度は優しく」
「な……、き、君……」
彼女は赤くなりながら、拗ねたように言う。
「わたし、天之橋さんに一番に見せたくて、
……見てほしくて、ここに来たんです。
この意味、分かりますよね?」
「し、しかし、私は今君に酷いことを……」
「だ・か・ら、です!もう一回ちゃんとキスして、
『結婚式をあげよう』って言って、
匂いが移るくらい抱きしめてくれたら、早とちりしたこと許します!!」
さっき自分が言っていたことをそのまま返されて赤面する。
―― その前に……、彼女も私と同じ気持ちだったというのか?
「天之橋さん!」
下から彼女に怒られる。
「あ、あぁ、すまない」
「……して、くれないんですか?」
目には、また涙が浮かび始めている。
―― 君に、二度とそんな表情はさせないよ。
私は小さな花嫁に優しくキスを落とした。
END
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