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 上を向いて歩いてゆこう! 1 

『君のこと、好きだよ。それは今はっきりと分かった』

彼はそう言って、真剣な瞳で少女を見つめた。
『でも……、俺は今の今まで、君は零一を好きなんだと思ってた。
 すぐに頭を切り換えられるほど……軽い想いじゃないから』
表情にどこか、苦しげな色を浮かべながら。

『ごめん。気持ちを整理したいから………』

それは、どういう意味なんだろうか。
まだ望みが残されているということ?
それとも……もう、遅すぎるということ?
自分はもしかして、告白する前に失恋してしまったんだろうか?

『ごめん』
重ねて言われたことで、少女は彼が一人になりたがっていることに気づいた。
送っていくから、と継がれた言葉を、笑って断る。
『今日は。私も、ひとりで帰りたいんです』
それが、彼と彼の親友との約束を反故にする行為だということも知っていたけれど。
少女は彼の厚意を固辞し続け、店を出た。

 

◇     ◇     ◇

 

次の日。卒業式を明日に控えた高校生活最後の日、少女は登校しなかった。
授業ももう無い、受験も終わった、休日と卒業式に挟まれた月曜日。
学校からは、自由登校の日として不登校が認められていたから。

一日中、布団をかぶって考える。
彼のこと。氷室先生のこと。自分のこと。
一週間前、彼の店で起こった出来事。
そして昨日、彼の店で起きた出来事。

今年に入ってから、彼女の時間はめまぐるしく回っていった。
去年のクリスマスは、大好きな先生と平和に、倖せに過ごしたのに。
年が明けて、自分が勝手に告白してしまった所為で、先生を困らせてしまった。
初めから諦めていた、恋。
先生にとって自分は、氷室学級のエースという名の、ただの生徒。

それでも良かった。
自慢の生徒になりたいという想いは、自らを磨くための糧として、少女を瞬く間に成長させていたから。
ただ卒業する前に、今の想いを知っていて欲しいと。
思わず言ってしまった言葉が、先生を困惑させたことはすぐ分かった。
彼はとてもやるせない口調で……彼女の想いに応えられないと告げたから。

分かっていたのに。
改めて言われると、落ち込んで。
先生を困らせた自分は、もう嫌われてしまったと思えて。
どうしようもなく泣き明かして、ついに、二度しか会っていない彼の親友に話を聞いてもらいに行った。

彼は初めから優しかった。
さぞ迷惑だったろうに、そんなそぶりは全く見せず、泣き出す自分の話を最後まで聞いてくれた。
毎日、話を聞いてもらううちに。
いつしか、学校での先生の視線が苦痛ではなくなった。
無理して平気そうにしていた態度が、無理ではなくなった。
告白してしまったことで、気まずくなったキモチが。
告白する前のように……いや、少し形を変えて、彼女の元に戻ってきた。

それは皆、彼の所為。
毎日逢う内に、少女は彼のなかに、優しさだけでない暖かいものを感じた。
先生に向けたキモチと同じではないけれど。
より身近で何気ない、通学路に咲いた小さな花のようなキモチ。
それが自分の傍に存在してくれることを、つい毎日確認してしまって。
時には、その存在だけで全ての空虚が満たされるような。

そして。
少女は、それが恋であることに気づいた。
憧れではない、本当の恋であることに。


「………そうよね」

ごろりと寝返りを打ちながら、少女は目の前に手をかざした。
「私がいくら好きでも。あのひとにとって、それは、ただの浮気心としか思えない……かも」
自分が先生への想いを彼に相談してから、彼を好きだと自覚するまで、時間はたった一ヶ月半。
常識で考えれば、移り気な浮気者のすることと取られかねない。
彼は、少女を好きだと言ってくれたけれど、『すぐに頭を切り換えられるほど軽い想いじゃない』とも言っていた。
それは、まさしく……彼女の態度への、非難ではないのだろうか?

朝から流し続けて、もう涸れてしまったと思った雫が、また頬を伝っていく。
すっかり湿り気を帯びた枕の表面で、一瞬ふるりと震えてから、それは布に吸い込まれた。

「……大丈夫。」
呟いて目を閉じると、その振動でまた、涙がこぼれた。
「もしそうなっても、私は……平気。きっとまた、前向きになることができる。
 だって……その力を、先生とマスターさんがくれたから」
例え、彼に非難されても。
軽蔑されたとしても。
私は、私だから。

「……っく……うぅっ……」

だから今は泣かせてほしい。
何も考えず。
暖かい、寝床の中で。

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