二人の約束事が、少しずつ増えていく。
「すみません!アイスティーひとつ、お願いします」
「はーい」
愛想良く返事をした彼は、私の方を向くと、にっこりと笑って無言でカウンターへ手を差し伸べた。
「……もぅ」
せっかく、のんびりと休んでたのに。
私は心の中で文句を言いながら、席を立つ。
オーダーがコーヒーならマスターさん、紅茶なら私。
そんな不文律ができたのは、つい最近のことだ。
「このお店、誰のでしたっけ?」
ポットで湯を沸かしながら、カウンター越しにぶつぶつ呟く。
「みゆうちゃんには、紅茶の腕ではかなわないからね。
どうせならお客さんにおいしいお茶を飲んでほしいでしょ?」
彼は悠々とさっき私の淹れたお茶を飲んでいる。
調子のいい言葉にむっとする反面、誉められたのが嬉しい。
彼は、万事にこだわりが深い人だから。
例えどんな時でも、不味いものを美味しいと言うはずがないことを知っているから。
「はい、できましたよ。持ってって下さい」
「ありがと」
トレイを受け取りながら、私に向かってウインクする彼。
ほんの少しの不機嫌が、それだけで解消されてしまう。
ほんと……私って単純だと思う。
その時、プルル、とメールの着信音が鳴った。
ディスプレイを見ると、珪くんから。
『今、電話していいか?』
私は急いで返事を打った。
『ゴメン。いまお仕事中(?)だから。後でこっちから掛けるよv 』
すぐにまた、着信が入る。
『いい。おまえ、掛けるって言ってすぐ、忘れるから。
…今度の休み、藤井たちと出掛けようって話、あるんだけど。来れるか?』
『なつみんたちと?ううーん。行きたいけど、まだ予定わかんない。
何せ、このオシゴトは休みないですから (>_<) 』
ちなみに私、別にCANTALOUPEに就職した訳じゃない。
大学の授業がないときはほぼいつも、勝手に押しかけちゃってるだけなんだけど。
でも、オーダーも作らされてるしお留守番もしてるし、お仕事って言ってもおかしくないよね?
「どうしたの?」
次の返信が来る前に、マスターさんが戻ってきた。
「ん?珪くんが……あ、高校の友達なんだけど。
今度の休みに遊びに行こうって」
「…………」
ケータイに目をやりながらそう答えると、しばらく沈黙があった。
「?」
ふと、違和感を感じてマスターさんを見る。
いつもと変わらない、笑顔。
気のせいか。
「じゃあ、今度の日曜は来ないの?」
もう一度隣に座って、そう聞かれたから。
「うーん。どうしようかと思ってるんですよ。日曜の昼、わりと忙しいでしょう?
できたらお手伝いしたいし」
私は、普通に答える。
「そっか」
マスターさんは、もう冷めてしまったお茶の残りを、一気に飲み干した。
「店は大丈夫だよ。忙しいっていっても、知れてるし。
手伝ってもらわなきゃやってけないほどじゃない」
「…………」
今度は、私が黙る。
別に来なくていいって言われたような気がして、気持ちが沈んでしまう。
その時また、プルルとケータイが鳴った。
『俺、水結を待ってるから。日曜10時、バス停で』
うーんと悩んでいると、ひょいとマスターさんが私の携帯を取り上げた。
「あっ。返して下さい!」
「なに?見ちゃダメなの?」
「そ、そういう訳じゃ、ないですけど。……プライバシーですから」
ちょっと生意気な口をきくと、マスターさんは笑って自分のケータイを取り出した。
「じゃ、交換しよ?俺のケータイ、見たくない?」
う。
それは……見たいかも。
マスターさんのことだから、女の人からたくさんメールとかもらってるんじゃないかなって、いつも思ってたから。
「はい。どうぞ」
答える前に、マスターさんはケータイを渡してくる。
私は迷いつつも、それを受け取った。……まぁ、見られて困るものもないし。いいかな?
そう思いながら、ちょっとうきうきして、私はマスターさんのケータイを開いた。
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