「あかんあかん!ぜーったい、あかんからな!」
思わず眉をつり上げて叫んでしまってから、まどかははっと自分の口を覆った。
目の前のベッドに座るのは、瞳を潤ませた少女。
「……ぅー……」
「あ、いや、そうやなくて」
拗ねたように俯かれて、慌てて取り繕う。
「その、あれやろ。風邪ひーとる時は、安静にせなあかんやろ?
いくら楽しみにしとった言うても、外でるなんてもってのほかや」
そう言って諌めると、少女はますます不機嫌そうに唇をとがらせた。
「ちょっと熱があるだけだよ。……だって、せっかく久々にまどかくんとお出掛けなのに……」
彼女と出かける約束をした休日。
どうにも落ち着かなくて早めに迎えに来たまどかは、少し遠慮しながらチャイムを押して目を見張った。
歩いてくる足音も時間も感じさせずに、すぐに開かれたドア。その向こうに、気合いの入った服装の少女。
けれど。すぐに気がついた。
普段はしない化粧の下の頬が、少し紅潮していることに。
はしゃいで笑う仕草もどこか大袈裟で、何かを誤魔化している気がして。
一瞬迷った後、不意をついて額に手を当てた途端、まどかは彼女の手を引いて強引に部屋へ戻したのだった。
「……ほんまに熱があるだけか?」
まどかは少しだけ叱るような声音で言い、彼女のおでこをつついた。
「その声やと喉もやられとんちゃうか。それに、おまえがこんな眉間に皺寄せるゆうことは、頭も痛いんやろ」
「う……」
「オレの目ぇごまかそうったってあかんで?」
叱られた子犬のように頭を垂れる彼女にくすりと笑って、側にあったカーディガンを毛布の上から掛ける。
よしよしとその頭を撫でながら、まどかは彼女をベッドに寝かせた。
「まあ、今日はゆっくり休みや。映画なんていつでも行けるやろ?
それより身体が大事やん」
宥めるような言葉に、少女は目を閉じたまま顔を背けた。
「……まどかくん、お休みの日もバイトだから行けないじゃない」
「うっ。……そ、その、風邪が良うなったらまた休み取るよって」
「でも、今日の休み取るのに一ヶ月かかったよね」
「う……こ、今月はちょっと繁忙期やったから……来月は……」
「おやすみ取れる?」
くり、と彼女の顔が自分の方を向いて。
不安と期待の混ざった瞳が、ひたむきな視線を投げかける。
もちろん。おまえのためやったら、休みくらいいつでも取ったるで?
普通なら口をついていたはずのそんな言葉を、まどかは無意識に飲み込んだ。
少しだけ、考えて。小さく溜息をつく。
「……すまん。絶対取れる、とは……言えん」
その答えに、落胆が返る前に。
さらりと髪を撫でて、毛布の縁を掴んでいる彼女の手を握る。
「おまえよりバイトが大事、いうんやないで?
せやけど……その、急にシフト入らないかんようになることもあるし……」
予定だけならいくらでも立てられる。
キャンセル込みでの口約束なら、どんなことでも言える。
けれど。
いい加減な約束で彼女を喜ばせておいて後で悲しませるくらいなら、最初から確実な約束しかしたくない。
自分のキャラに合わないのを自覚しながら、それをどう説明するか迷う彼を見つめて。
熱っぽい頬を弛ませてくすりと笑い、少女は至近距離の前髪をつん、と引いた。
「いいよ。まどかくん」
「へ?」
「もし、予定があいたらでいいから」
「……ええのんか?」
「うん。まどかくん、絶対に適当なこと言わないもんね。私、まどかくんのそういうとこが好きだから」
「す…?!」
「だから……お休みが決まったら、すぐ教えてね?」
「そ、それは分かっとるけど」
そんなことより好きとはどういう意味か、と問い返したかったけれど。
彼女の嬉しそうな、しかし熱のせいで艶っぽい笑顔に、それ以上訊けなくなった。
言葉に詰まったまどかに気づかず、少女は小さなあくびをひとつすると、潤んだ瞳を彼に向けた。
「……今日は……ずっと、離れないでね。傍にいてね……」
「……………は?」
それは。
もしかして。
挑発されている?それとも誘惑?悩殺?
思わず真剣に悩みかけた、彼に。
「手……ずっと、握って…て……」
途切れ途切れに、それだけ呟いて。
少女はあっさりと目を閉じた。
「……おい?」
「…………」
「こら」
「…………」
「こ、ココで寝るか普通?!
そら、めっちゃ反則やで〜!!」
繋いでない方の手をふるふると震わせながら、まどかは深々と溜息をついた。
FIN. |