「………どうした?残りの四回は誰と行ったのだ?」
冷え冷えとした声が、少女の真上から振ってくる。
なるべく頭を縮こまらせながら、少女は再びもごもごと言い淀んだ。
「答えなさい、ひろ?」
普段は呼ばれない、名前。
その名で呼ぶときは、教師ではなく完全に彼女だけのものである印。
少女は諦めたように肩をすくめると、ため息をついた。
「えと……まどかくん、と……」
「姫条!?」
「う、うん……それと珪くんと和馬くんと……あ、……天之橋さん……」
「…………………」
キリキリと痛む眉間に手をやって、青年は力無くソファに座り直した。
「……私に黙って、か?」
「だ、だって!みんなただの友達だしっっ」
抗弁した少女に、冷たい視線が突き刺さる。
「だって……あの……」
その瞳の強さに、だんだんと頭を垂れて、少女はやがて小さく呟いた。
「………怒ってる?」
「…………………」
答えはない。
「ほんと、成り行きなんだよ。まどかくんは、色が黒くて関西弁だから比べてみよって(無理に。)
珪くんは、バイトの時間まちがえてて、映画館の前でヒマ持てあましてたから誘って(布教。)
和馬くんは前のお見舞いのお礼したいとか言われて(それに乗じて布教。)
天之橋さんは……えと……(レディの誘いを断れないのにつけこみ布教。)
とにかく!私、あの映画が大好きだから、みんなに観てもらいたくて……それだけなのっ」
怒ってる?と。
もう一度、彼の顔をのぞき込む。
「………。怒っては、いない」
静かに告げられた言葉に。
「え、じゃ、ヤキモチ?」
少女はつい、余計なことを言ってしまう。
「!きっ、君は!!全く、つまらない事ばかり!!」
カァッと顔を朱に染めて、半分腰を浮かしかけた彼に。
動じず、少女は潤んだ瞳で彼を仰ぎ見た。
「えっ……ヤキモチ、妬いてくれないの?……零一さん」
「…………!」
何とも言えない顔をして、青年は唇を咬んだ。
彼の表情が可愛くて、思わず弛みかける頬をなんとか引き締めて。
少女は、首を傾げて無言で彼を見上げる。
先に音を上げたのは、やはり、彼の方だった。
「……コホン。その、君と共に外出した者に対して、私が羨んだり腹を立てたりしないかと言うことだが。
結論から言えばそんなことは、全くない」
「え?」
問い返した、少女の体が。
ふわりと抱きしめられる。
「……何故ならば、私は……君の気持ちが常に私の元にあることを、知っているからだ」
相変わらず耳まで赤くして、不器用そうに囁かれる言葉。
その背中をきゅっと抱き返し、少女はゆっくり瞳を閉じる。
唇に、やっぱり不器用な温もりが満ちた。
次の日。
映画館のチケット売り場で。
目的の映画の宣伝ポスターを前に、しばらく顔を引きつらせたあげく。
少女に引きずられるようにして、妙に子供客の多いブースに連れ込まれ。
自分そっちのけでスクリーンの主人公(?)に嬌声をあげられて。
その日一日、彼はずっと口をきいてくれなかった。
FIN. |