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 Loveless 2 

「じゃあ、そろそろ時間ですから」

そう言って立ち上がると、少女はぺこりと頭を下げた。
ドアの所まで見送りながら、天之橋は気の利いた台詞を探したのだけれども、まだ少し気にしたままの彼女をいつもの笑顔に戻すような魔法の言葉は見つからない。

「……気をつけて行っておいで」

結局、口から出たのはどこにでもある台詞で。
そんな自分に心の中でため息をつき、天之橋は彼女の両頬に手を添えた。

「友達と旅行だからと言って、あまり夜更かしをしないように。
 君は寝不足だとすぐ体調を悪くしてしまうからね。いつもより朝は早いのだから」
「もう、天之橋さん!子供じゃないんですから大丈夫です!」

むっとして反駁する彼女に、くすりと笑って。
天之橋は彼女の額にキスを落とした。

「いい子だ。合宿は貴重な経験だからね、楽しんできなさい」
「…………いってきますっ」

憮然としたままの頬が赤いのは、怒りの所為だけではない。
ぷいと顔を背けて走っていく彼女を見送って、天之橋はもう一度くすくすと笑った。

 

◇     ◇     ◇

 

いつもより、のろのろと過ぎ去る時間。

なんとなく落ち着かないのは、少女が誕生日を祝ってくれていると知っているからかもしれない。
ほぼ毎日お茶会をして、週末にはあちこちに出掛けて。表面の親しさだけ見ても、誕生日を祝いあうのは不自然ではなかったけれど。
けれど、一年前に思っていたように彼女のレディとしての素養を育てたいだけならば、こんな風に落ち着かないことはなかった。

自分の誕生日を祝うために、楽しみにしていた旅行をやめると言った少女。
彼女を諭しつつも、その気持ちがとても嬉しかった。
そして、心の奥底では彼女が傍にいてくれることを望まずにはいられなかった。

いや、今日だけではなくて。
いつも、ずっと、いつまでも彼女が傍にいてくれたら。


「……また、高望みをしているな……私は」

無意識の考えに気付いて、天之橋はペンを置き小さく呟いた。
今、彼女は自ら選んで傍にいてくれる。それで十分過ぎるはず。彼女との未来を語るなど、自分のような者には望むべくもない。
あと一年経てば、彼女は学園を卒業して、新しい人生に向けてはばたいていくだろう。
その時も、そしてその後も、自分は何も変わることはない。彼女のいなくなった学園で、変わらぬ職務をこなしながら、日々を過ごしていく。

それは予想ではなく、不文律だった。例え万が一、彼女が自分と共に在ることを望んでくれたとしても、自分はそれを受け入れることはできない。
逆を願いながら、旅行に参加するよう説き伏せるしかできなかったのと同じように。
そして今、隣に彼女がいないのと同じように、彼女は自分の傍には残らないだろう。


ため息をついたその時、理事長室に携帯の呼び出し音が鳴り響いた。
時計を見るとすでに8時。予想通り、仕事が終わるような時間に連絡をしてきた彼女に苦笑して、通話ボタンを押す。
まだ仕事をしていると知れたら心配されてしまうから、なるべくくつろいだ声で。

「やあ。合宿の方はどうだい?」

開口一番にお祝いを言われてしまうときまりが悪いので、わざとこちらから話を振ると、弾んだ少女の声がそれに応えた。

『すごく楽しいです!修学旅行みたいかなって思ったんですけど、自炊だし、キャンプみたいで。
 ごはんも美味しいし、お風呂なんて露天風呂なんですよー』
「……少しは勉強もしているのかな?」
『し、してますよ!ちゃんと決められた分やってます!』
「はは、それは感心だね」
『今日はスキーをしたんですけど、はばたき山と雪質が全然違うんですよね』
「そちらはスキー場で有名だからね。今はシーズンだから、観光客が多くないかい?」
『わりと多いですけど、滑れないほどじゃないです。天之橋さんも今度、一緒に行ってみませんか?』
「……君と一緒に?」
『あ、ひどい。私だって全然滑れないわけじゃないんですからっ』

意味を違えた彼女に、薄く笑って。
天之橋は椅子に深く背を預けた。

「そうではなくて……私と一緒で良いのか、と思って」
『え?』

声が自嘲を含みかけて、危うく踏みとどまった。
今の今まで考えていたことの所為で、妙な感傷を口にしないように居住まいを正す。
なんでもないと笑って取り繕うと、少女は少しだけ気遣うような声音になった。

『もしかして、まだお仕事中ですか?できるなら、今日くらいゆっくり休んでくださいね』
「………いや。今、家に帰ってきたところだよ。有り難う」


「うそつき」


かちゃ、とドアのラッチが立てる音と共に、急にはっきりと声が聞こえて。
それが携帯から聞こえたものではないと理解するより先に目の前に、悪戯っぽく笑う少女の姿があった。

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