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  MN'sRM > GS別館 > GS1創作 > 天之橋・約束シリーズ1 >

 星のない夜でも 

「天之橋さん。明日、少しだけお時間を取れませんか?」

突然そう聞かれて、天之橋はわずかに首をかしげた。
明日の予定に、理事会の会合が入っていることは以前から決まっていて、それは彼女も了解していたはずだったからだ。
「ふむ。そうだね、時間にもよるけれど……」
分かっているはずのことを殊更に繰り返したりせず、頭を巡らせる。
「……会合が終わるのが常ならば8時くらいだから。それ以降は、君が外出できる時間内なら大丈夫だが」
少女はすまなそうな様子で、運転席の彼に言う。
「ご予定があるのに申し訳ないんですけれど、一時間でいいですから付き合っていただけませんか?」
「それは、構わないけれど」
どうしたんだい?と言外に問いかけて、ふと、あることに気づく。
「なるほど。星見かな?」
微笑んで尋ねられる台詞に、少女も嬉しそうな笑みを浮かべた。
「そうなんです。明日は七夕でしょう?だからどうしても、天之橋さんと星を見たいと思って」
お疲れなのに我が儘言ってすみません、と謝られる言葉に笑って手を振り、気にしないよう告げる。

夕暮れの海岸沿いで、天之橋は防波堤に車を止めた。
「それで?どこに行きたいんだね?」
星を見るなら、はばたき山か森林公園……それとも臨海公園もいいかもしれない。
そう思った彼に、しかし少女が選んだのは意外な場所だった。

「私、スカイラウンジに行きたいです」
「え?」

思わず声を出して少女に目を移すと、彼女もこちらを向いてにこっと笑う。
「七夕に星見なら……見晴らしのいい郊外の方がいいのではないかね?」
異議を唱える訳ではないが、一応そう言ってみると。
少女は、ふるふると首を振った。
「いいんです。だって、織姫と彦星が逢う日なんですよ?
 スカイラウンジが最初だったじゃないですか」
「……?」
よく分かっていない彼に、わざと拗ねたような仕草をしてみせる。
「もぅ。天之橋さん、忘れてる!」

それは、二年半前の年末。
クリスマスパーティが終わった次の日、聞き慣れない着信音を響かせて少女の携帯にかかってきた電話が最初。
いつもと違う少し余裕の薄れた声が、夜景を見に行こうと告げたことを、彼女は昨日のことのように覚えている。

こういうことは天之橋さんの方が覚えてそうなのに、と不満そうに呟く彼女に笑って、天之橋はその手を取った。
「忘れてはいないよ。初めてあの店に行ったとき、君は目を輝かせてずっと窓の外を眺めていたね。
 きれいだろうと話しかけても上の空で、私の方を向いてくれたのはほんの二度ほどしかなかった」
「そ、そんなことは覚えてなくてもいいんです!!」
頬を真っ赤に染めて手を振り払い、少女は本格的にむくれて車を降りた。
天之橋は笑いの衝動を含んだままで後を追った。

「……でも……びっくりしましたよ?」
防波堤から続く砂浜に降りながら、ふと気づいて言葉を漏らす。
もう機嫌が直っている少女の、くるくる変わる表情を楽しみながら、天之橋は歩調をあげて彼女の横に立つ。
少し踵の高いサンダルでは、砂浜は歩きにくいだろうそう思う間もなく、砂に足を取られて転びそうになる身体を支えて。
見上げられる照れ笑いに、相好を崩した。
「だって、冬休みなのに電話がかかってきたんですから。あの時、どうしてスカイラウンジだったんですか?」
そう問われて、思い出す。


夏の初めからずっとどこかに誘おうとして、結局実行できたのは半年後だったこと。
パーティのプレゼント交換で、いつもとは違う会話ができたのをきっかけにしようと決心し、はやる思いで連絡したこと。
できれば一緒に年越しをしたかったけれど、家族のある学園生徒にそんなことを言える立場ではなくて。
『次の日曜日』という枠を悪用して、大晦日の二日前に日を設定したこと。
そして。彼女と初めて過ごすならば、自分がいちばん気に入っている場所からはばたき市を見たいと思って、スカイラウンジに連れて行ったこと。

あの時は、他の者では連れて行けないような場所にという打算もあったかもしれない。
けれども、今は。
夜景のきれいなラウンジでも、平日夕方の海岸でも、いつもと同じ車の中でも。
どこであっても、少女がそれを特別に思ってくれることを知っているから。


「特に理由はないよ。ただ、あの夜景を見せたら君がどんな顔をするだろうと思ってね」
それだけ言うと、少女は分かったような分からないような顔をして彼を見た。
それが全てではないことを見抜いている瞳に、頭を撫でて。
「でも、もしかしたら遅くなってしまうかもしれないからね。きちんとご両親に許可をいただいておきなさい」
「ええ、母にはもう話してありますから。帰る時間は分からないって」
その言葉に苦笑し、天之橋は波打ち際で靴を脱ぎだす彼女にからかうような口調で言った。

「水結?……それは、言葉通りの意味かな。それとも都合良く取っても構わないのかな?」
「え?」
不思議そうな彼女の手を取って、キスを落とす。
「またスイートをリザーブしておいてもいいかい?お姫様」
「!!!」
珍しく一瞬で反応した少女が、頬の色を隠すように慌てて波打ち際にしゃがみ込み、ぱしゃんと水を跳ね上げた。
もう一度むくれながら、それでも小さな声で。
そういうことは女の子に聞くものじゃないです、と呟いた声は、聞こえないふりをしておく。

「でも明日は、星は見えないかもしれないね。予報では晴れそうにないから」
その言葉に、少し残念そうに見上げる彼女の心を、正確に見透かして。
傍にかがんで視線を合わせ、天之橋は頬に口づけながら囁いた。

「もちろん、私は……君がいればそれだけでいいけれどね」


たとえ、星のない夜でも。

FIN.

あとがき