「……でも、やっぱりあんまり切りたくないんですよ。結構変わっちゃうでしょ?」
「うーん。そしたらこっちのスリットが生きてこないわねぇ。……ならいっそ、この前ボタン全開でジャケットみたいにして、下にシンプルなワンピースを着るのは?」
「あっ!せんせい、それいいかも!」
「OK。じゃ、ちょっと着てみて。ワンピースはコレでいいワ」
「はーい」
鼻をつき合わせて議論していた少女は、出たアイデアにご機嫌で立ち上がると、ワンピースと服を持って部屋の隅へ移動した。
花椿が後ろを向いているのをちらっと確認しただけで、衝立も何もない部屋で着替えを始める。
その気配を背後に感じて、花椿は苦笑した。
確かに。ファッション界やモデル界では、着替えるのを恥ずかしがっていては仕事にならない。
もちろん、少女は別にファッション界で仕事をしている訳ではなく、ただの販売のバイトだけれども。
花椿の手伝いをさせられる中で自然とそんな意識が身に付いたとしても不思議ではなく、それが花椿には少しおかしかった。
あれだけ求めたにもかかわらず自分の所に就職する事が無かった少女が、バイトのくせに何の分野に関しても一番有望だということは、チーフや皆も認めていることで。
それだから彼に気に入られているのだと皆に思われていることが、花椿には都合良くもあり、口惜しくもある。
もしも、彼女が何も出来ない、なんの才能もないただの少女だったとしても。
自分が今よりも彼女を愛しく思わないなんて、これっぽっちも信じられないから。
「とりあえず 着終わったらバランス直して、色合い見て……少し丈を詰めた方がいいかもね」
職業意識にかこつけて振り向きたくなる衝動を抑えて、アクセサリーを見繕う彼に。
「せ、せんせい。このワンピース、けっこうぴったりしてません?」
少し焦っている少女の声が聞こえた。
「アラ?たしかにちょっとコンシャス系だけど、サイズは合うはずよ。アナタにあげようと思って作ったんだから」
「あ、ホントだ……えっ?」
服を合わせ、片脇の上から下まで通っているファスナーを閉めかけたところで、少女はぴたりと手を止めた。
「……私に?」
「ええ。気にいれば、の話だけどネ」
弾みを隠せない彼女の声音に、微笑みかけたとき。
「嬉しい! ありがとうございます、せんせい!」
がば、と後ろから抱きつかれて、一瞬だけ目を丸くして。
作りかけた笑みが、苦笑に変わる。
「……それだけじゃ、ちょっとシンプルすぎると思ってたんだけど。その服と合わせるとちょうど良い感じでしょ?」
「はい!じゃあこれ、天之橋さんのくれた服と合わせて宝物にします!嬉しい〜!」
椅子に座った花椿の肩先に、顎を載せるような形でのぞき込む少女。
その笑顔を間近で見て、手にしたチョーカーをカチリと嵌める。
「コレをつけたら完成よ。さ、バランスを見せてちょうだい」
頷いて、少女が身を起こしかけたとき。
「…………何を…しているのかな?」
引きつった笑いを誤魔化そうとして失敗した、天之橋の声が響いた。
◇ ◇ ◇
「あれ、天之橋さん!どうしたんですか?」
意外な場所でみた恋人の姿に、少女は驚いて声を上げる。
その声音には、後ろめたい様子も気まずい雰囲気も微塵もなくて。
少しだけ安堵するものの、親友の首に回されたままの彼女の腕がどうにも気になって仕方ない。
「いや……そろそろ仕事が終わる時間だと思ったから……」
「もしかして、迎えに来てくださったんですか?」
その言葉に思わず頷いてしまってから、言い訳があったことを思い出して焦るが。
「ありがとうございます!」
満面の笑みを返されて、二の句が継げなくなる。
花椿は親友の姿をからかうような表情で見、少女に向き直った。
「さ、水結。ちょっと見せて」
「あ、そうだ!天之橋さん、これ!」
思い出し、身を起こして手を広げる。
「この服、花椿せんせいがくださったんです!天之橋さんからもらった服と合わせたらって」
どうですか?と、可愛らしく首を傾げて見せられる服を。
否定できる者がいたらそれは、かなりのひねくれ者に違いない。
「あ、ああ。よく似合ってるよ」
複雑な思いを抱えながらそういうと、少女はますます嬉しそうに頬をゆるめた。
横から、花椿が彼には出来ないコメントを割り込ませる。
「そうね、色合いはちょうど良いみたい。でもやっぱり、少し丈を詰めた方がバランス的にはベストだから……直しましょうか」
「はーい。じゃ、こっち見ないでくださいね」
先程とは違い少し恥ずかしげにして向こうを向くのを幸いに、天之橋は親友に詰め寄り小声で訴えた。
「 花椿?これは一体どういうことだ?」
怒りを抑えた声に、花椿は全く動じない。
「どうって?あのコの言った通りよ。アンタがやった服があんまりヒドかったから、アレンジしただけ」
少女から相談を持ちかけられた、ということは内緒にしておく。
「よ、余計なお世話だ!大体なんだ、あの服は!あんな露出度の高い服を着させる気か!?」
「も〜、オジサンってそういう面でしかファッションを考えられないのネ〜。
大丈夫よ、あの開いてるファスナーは普通は閉めてるところだし、あの上からアンタの服を羽織ったらちょうど良くなるから」
「………!!」
少女が自分で気づいていなかった、ワンピースの腿から下のファスナーの閉め忘れ。
それに当然気づいていて彼女の素足を見たことをさりげなく伝え、親友の苛立ちをわざとつのらせる。
「だ、だ、だからと言って……!!」
「あの〜」
憤りを態度で表しかけた彼に、部屋の隅から声が掛けられた。
「天之橋さ〜ん?せんせいとじゃれるのはいいですけど、勢いでこっち見ないでくださいね?
ちょうど今、脱いでるとこですから」
「……………」
彼女の無邪気な台詞に、罵声を浴びせようとした頭は真っ白になり。
そんな彼の姿をさも可笑しそうに見て、花椿はウインクをして見せた。
FIN. |