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 君の名前を呼んだ後に 1 

「そりゃあ私だって、人を待つのは嫌いじゃないよ」

夏も過ぎ去ろうとしている、気温が心地良い昼下がり。
少女は自宅のリビングで、拗ねたように言って手にしたお茶をひとくち飲んだ。
「長く待てば待つほど、会えたとき嬉しいっていうのも分かるよ。
 ……でも、この日に会えるって思ってて、会えなかったらやっぱり……」
視線を落として、ため息をつく。

「それで?天之橋君は、なんて?」
脇で、少女とは対照的にほのぼのとお茶を楽しみながら、水月はテーブルのお菓子に手を伸ばした。
母親の態度に少しだけむっとしながら、18年間付き合ってきたそれには言及せず、ティーカップを見つめる。
「……10日間の予定が、出席者に他のシンポジウムにも誘われて。あと1週間か10日くらい帰って来れないって……」


それは、昨日のことだった。
天之橋は現在、はばたき市から遠く離れた地へ出張中だ。学園の理事長としてではなく、実業家として、大きな経済学会に招かれている。
予定が決まり、申し訳なさそうな顔で10日間の出張を告げられたとき、彼女は『お帰りをお待ちしています』と笑ってそれを許した。
彼の仕事の邪魔をする気はなかったし、駄々をこねたって仕方ないことだったから。

しかし。久しぶりに会えるはずだった昨日、天之橋の代わりに訪れたのは、彼からの電話だった。
『すまない。……もう少し、帰れない』
本当にすまなそうな声で言われる言葉に、ほんの一瞬だけ責める言葉が浮かんだが、結局少女は明るく答えた。
『そんな、お気になさらないでください。お仕事ですから仕方ないです』
本心を繕っている自分をあからさまに感じたが、電話の向こうで頭を垂れている彼の姿が見えて、我が儘を言うことはできなかった。
『大丈夫です、天之橋さん。その代わり、お時間のあるときで良いですから、またお電話くださいね?』
『ああ……本当にすまないね。では』
電話が切れたのを確認してから、少女は盛大にため息をついたのだった。


「いいじゃない、別に。今生の別れでもなし」
ぱりぱりとクッキーをかじりながら、水月はなんでもないように言う。
今度こそ看過せず、少女はきっと母親を睨んだ。
「そういう問題じゃないよ!おかぁさんはそうかもしれないけど、私は違うのっ」
「じゃあ、大丈夫なんて言わなきゃいいのに……」
「し、仕方ないじゃない!お仕事の邪魔するわけにはいかないしっ」
「じゃあ仕方ないでしょ?」
にっこり、と笑って返されて、少女はぐっと言葉につまった。

自分でも、わかってはいる。
どうしようもないことに、文句を言っても仕方ない。
ましてや、それが天之橋を苦しめるとあっては、彼に告げるつもりなど毛頭ない。
でもそれでも、会えなくて寂しいのも本当で。
それを紛らわせるために、事情を知っている母親相手に愚痴をこぼしているだけ。

そんな娘の気持ちを簡単に見透かして、水月はむーっと黙り込む彼女の額をつんとつついた。
「まぁ、悩むのも恋のウチよ。ばーんばん悩みなさい!」
おどけて言い、カップをトレイに乗せて席を立つ。
「もう、どうしてもダメだー!って思ったら、も一回相談しなさい。その時は協力してあげるから」
台所への入り口で振り返り、顔を上げない娘にそれだけ告げて、水月はリビングを出て行った。

 

◇     ◇     ◇

 

自室に戻り、少女はベッドにごろんと寝ころんだ。
本当に。母親の言葉ではないけれど、今生の別れでもないのにどうしてこんなに寂しいんだろう。
たった、2週間か3週間。
電話だって、できるんだし。
子供っぽく駄々をこねたりなんか、絶対にしたくない。
大体、自分が大学へ進んでから、彼と会える機会はせいぜい週に1・2回程度になっていたから、最大で考えたって6回がまんすればいいことではないか?
そりゃあ……高校時代に比べたら、何十回かになるかもしれないけどさ……。
自分で墓穴を掘った事に気づいて、少女はがくりと枕に伏せった。

本当に、あの頃は。分かっているつもりで、全く分かっていなかった。
毎日彼に会えるという、恵まれた環境を。
まれに会えない日だってあったけれど、バレンタインや誕生日にどうしても彼に会いたいと思えば、なんとでもなった。
朝の五時に起きてチョコを作ったり。
誕生日プレゼントを渡すために、雪の中を夜中まで待ったり。
あの時は努力したと思っていたそれらのことを、今、やって彼に会えるならば……とうの昔にいくらでもやっている。

けれど。
この国の長さの半分以上もある、今の自分と彼の距離を埋めるのに、どれほどの努力が必要なのだろう?
仕事でずっと苦労している彼と、大学の暇な授業にのんびりと通っている自分の……距離を埋めるには?
今日何回目か、もうわからないため息をつき、少女はのろのろと立ち上がってライトを消した。


その日も、その次の日も。
少女が安心して眠れる場所は、どこにもなく。

彼女が意を決して母親の部屋をノックしたのは、その三日後のことだった。

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