「………雪、か?」
私は小さく呟き、空を見上げた。
今年初めての理事長会。卒業式も間近いこの時期、打ち合わせることも山のようにあって。
夕食会から続いた会合は、今日の残り時間をどんどん消化してしまった。この分では、家に帰り着く頃には真夜中近くになってしまうだろう。
明日も平日ということでやっとお開きになった後、駐車場に向かっていた私は、真っ暗な空からチラチラとふってくる花びらのようなものを見て、思わず手を空に向けた。
降りてきた瞬間、体温でとけてしまう、小さな欠片。
捕まえようと思っても、触れた瞬間にそれは消えてしまっていて。
握った掌の周りをまた、ふわふわと漂う。
それが、何かを象徴しているようで。
私は感傷的になっている自分に苦笑しようとして、失敗した。
仕事中は考えないようにしていた。
そうしなければそれは、私の心の大半を占めてしまう。
しかし、仕事が終わった開放感と、一日の疲れと、思いがけない冬の妖精に。
抑えていた想いが溢れ、私は車の上に腕をついてうつぶせた。
彼女が特別に思えたのは、一体いつからだろう。
去年のクリスマス、姫条君に嫉妬してしまった時?
文化祭で、思わず自分の気持ちを吐露してしまった時?
それとも、彼女を名前で呼び始めた時……?
どれも違う。
意味のない虚しい問いを、私は自分に問いかけ続ける。
それは多分、ずっと前。
彼女がまだ、一年生だった頃。
レディを育てることが夢だった私が、素晴らしいレディに成長すると見込んだ彼女を、初めて家に招待したとき。
我が学園の可愛い生徒、私の理想のレディ候補。
そうとしか思っていなかった彼女が見せた、思いがけない表情。
あのとき私は、目が覚めたのだ。
そして、いつのまにか掛けられていた魔法にかかってしまった。
目覚めて最初に見た者に恋をしてしまうという……妖精パックの魔法に。
しかしそれを彼女に伝えたところで、何になると言うのだろう?
今までにも二度ほど、彼女に自分の想いを伝えようとしたことがある。
一度目は、花椿の電話に邪魔をされ。
二度目は、可愛らしい仔猫に水を差された。
けれど本当は。伝えずに済んでよかったとも思っている。
私に向けられた信頼が、笑顔が、尊敬のまなざしが。
曇るところを……見たくはなかったから。
「……………」
私は首を振り、思索から抜け出した。
帰らなければ。明日もまた、多忙な一日が待っている。
彼女と共に過ごせる、残りわずかな日々が。
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