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 ティータイム 1 

「……くそっ」

天之橋は車から降り、慌ただしくロックを掛けると、早い歩調で駐車場の出口へと向かった。

今日は彼女とのデートの日。なのに、待ち合わせの時間に遅れた自分に苛立ちがつのる。
普段ならば、少なくとも30分前には待ち合わせ場所にいて。
少女がどんな様子で現れるかを、楽しみに待っているのに。
十分に取っていたはずの余裕を奪ってしまった渋滞を恨めしく思いながら、半ば小走りになって急ぐ。

遅れるとはいっても、実際はまだ待ち合わせ時間から10分ほどしか過ぎていない。
なのに、彼女が怒って帰ってしまうのではないかという不安がどうしても拭えず、気ばかりが焦ってしまう。
先に電話をしておけばよかったか、と今更気づいても後の祭りで、彼は仕方なくそのまま広場に足を踏み入れた。

「………あ」
思わず声をあげてしまった先には果たして、噴水の縁に腰掛けて辺りを見回す少女。
「水結!」
少し大げさなボリュームで彼女を呼びながら、駆け寄る。
少女はその声に振り向き、ほっとしたような笑顔を見せた。
「天之橋さん。……よかった、何かあったのかと思っちゃいました」
「すまない、渋滞していて……待たせてしまったかい?」
本当にすまなそうに彼がいうと、少女はぷるぷると首を振った。
「いえ、私もちょっと遅れたから。もしかして帰られてたらどうしようと思ってた所だったんです」
そう言って照れ笑いする。
同じことを考えていたことに妙なくすぐったさを感じながら、彼は少女を促して駐車場へと歩き始めた。


「そういえば。天之橋さん、これ、知ってます?」
歩き始めてすぐ、少女は手にしていたものを掲げてみせた。
ベージュと金色がかった色の、飲み物の容器らしきもの。
どこかで見たことのあるようなマークがついているが……?
天之橋は不思議そうに首を傾げた。
「いや。それがどうかしたかね?」
「ちょっと、飲んでみません?」
「……えっ?」
笑顔で差し出されたそれに、手を伸ばすことを躊躇ってしまったのは、すでに少女が口をつけていることが分かったから。
だが、それを誤解した様子で、少女は途端に表情を曇らせた。
「あ。……ご、ごめんなさい。……こんなジュース、天之橋さんは飲まれませんよね」
急いで手を引っ込めながら、ぽそぽそと呟く。
「ごめんなさい……歩きながら飲むのも、おぎょうぎ悪いです、よ…ね」
自分で言って、自分で落ち込んでいく少女に。
彼はあわててフォローを入れる。
「いや、そんなことはないよ。食事にはそれぞれTPOがあるからね。
 正式なディナーを立って食べることがマナー違反なのと同じように、こういった軽食は席について食べるものではないから。そうだろう?」
そう言うと、彼女は上目遣いに彼を見たが、その瞳はまだ不安そうにゆがめられている。
天之橋は気づかれないように小さく息をつき、少女の手からそれを受け取った。
ストローには、今日の彼女の唇の色と同じ、薄いピンクの彩りがあって。
こういうことに、何故この少女は気づかないのだろう?と思いながら。

「………ふむ」
ひとくち飲むと、甘すぎずそれでいて深い、ミルクティの味わいが広がる。
こういった飲料は歯がとけそうに甘いのが常だと思っていた天之橋は、少なからず驚いた。
「どうですか?」
反応をのぞき込む彼女の表情は既に、期待に輝いていて。
それに違わず、彼は頷いてみせた。
「うん。美味しいよ」
「よかったぁ!それ、さっきコンビニで見つけたんですけど、コレは!って思って」
彼の言葉に、本当に嬉しそうに目を細め、少女は胸の前で手を組む。
天之橋が改めて容器を見ると、そこには見慣れた文字があった。
「……フォション?」
呟いた言葉に、ますます笑顔を深くする。
「そうなんです。フォションのティ・オ・レ。天之橋さん、フォションの紅茶お好きでしたよね。
 もちろん、本格的に淹れたものには適わないですけど、わりとおいしかったから飲んでみてほしくて」
「そうか……」
好みを覚えていてくれたことより、美味しいものを味あわせたいと思ってくれたことよりも、嬉しそうな少女の表情が嬉しくなって。
天之橋はもうひとくち飲んだ後、礼を言ってそれを少女に返した。
「……え……」
返された容器と、彼とを交互に見て。
少女は今更のように頬を染める。
俯いてしまった彼女を、駐車場の壁側に歩かせながら、天之橋はさりげなく話題を変えた。
「それにしても。君もやはり、こういう物を飲むんだね」
その言葉に、少女がまた落胆しないよう、言葉を続ける。
「ああ、変な意味ではないよ。ただ、今まで私の前ではそんなことがなかったからね。
 もしかして、気を遣わせていたかと思って」

おそらく彼女の年ならば、スカイラウンジのディナーよりもファーストフードのほうが、そしてフォションやハロッズよりも缶ジュースの方が、より身近なものだろう。
それが安っぽいとは天之橋は思わない。どちらにもそれぞれ、長所も短所もあって。
年齢や立場や好みによってどちらかを選んだとしても、それはもう片方を否定するものではないと思っている。
しかし、もしも彼女が自分に合わせて無理をしていたのであれば、気づいてあげられなかったことが申し訳ないと。
そう思った。

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