「だから。私ヒトリで、大丈夫ですから!」
自分の家の前で、抗う少女。
どうしようもなくて、ついにぐいぐいと腕を突っ張らせる。
その手をきゅっと握って、器用にするりと外すひとりの男。
「それは分かっているよ。しかし、私も是非ご挨拶がしたいと思うのだが……駄目、かね?」
少し寂しそうに、見つめる瞳。
少女はたまらなくなって目を閉じた。
だから!恥ずかしいんですってばぁ!!
心の中で呟いて、ぶんぶんと首を振る。
こんな調子で、既に30分以上の時間が経過していた。
彼らの押し問答の発端は、昨日の卒業式。
卒業式の後、ふと教会に入り込んだ少女は、そこで生涯忘れ得ない告白を受けた。
ずっと想いを寄せていた、しかしあまりに立場が違うからと諦めていた彼からの、恋の告白。
そしてその後、少女は高級ホテルの最上階で一夜を過ごし今に至る。
一緒に帰ってきたものの、自分の親に挨拶をするという彼に、少女は急に我に返った。
昨夜、彼と共に過ごしたことは、既に知られているのだ。
あの、母親ならば。
きっとあけすけに、とんでもないことを言い出すに違いない。
そんな母親を彼に知られるのも恥ずかしかったし、昨夜のことを色々と聞かれてしまうのも恥ずかしかった。
だから、一生懸命押しとどめようと玄関前で頑張っているのに。
そんな彼女の気持ちを知らず、天之橋は哀しそうな顔をする。
「いや……すまない。無理強いするつもりはなかったんだ。……では、失礼するよ」
親に自分を紹介できないと。
少なからずそう誤解した様子で踵を返しかける彼に、少女はついに観念した。
「いえ、天之橋さんを紹介したくない訳じゃ……ないんです。……わかりました」
「……いいのかね?」
「その代わり、どんな事になっても知らないですよ……ホントに」
大きくため息をついて、少女はドアのインターホンを押し、鍵を開けた。
◇ ◇ ◇
パタパタ、と奥から足音が近づいてくる。
彼女と同じ足音だな、と天之橋は思い、思わず弛んだ口元を慌てて直した。
「はぁい。……あら、お客さま?」
「ただいま」
少女が何とも言えない顔でそれだけ言うと、出てきた女性はにっこり笑って膝をついた。
「いらっしゃいませ」
「あ、お、お邪魔致します」
それだけしか言えず、驚く彼。少女には予想できたことだった。
目の前で微笑みながら指をつく女性はどう見ても、大学生?高校生?下手すれば、中学生……の容貌をしていたから。
まさか、この女性が……彼女の?
ぐるぐると考えが頭を回る彼に、
「天之橋さん。……見えないと思うけど。母です」
少しぶっきらぼうに、少女は女性を紹介する。
「初めまして。水結の母です」
「は、初めまして、天之橋と申します。……昨日は、申し訳ありません。お嬢さんを外泊させてしまって」
「まぁ。電話でも言いましたとおり、お気になさることはありませんから」
くすくすと笑う、その笑い方が。
天之橋の中の何かを、思い起こさせた。
「………?……あの。失礼ですが、どちらかで……」
そのとき。
彼の目が、なにかに気づいて見開かれ。
それを見た母親の瞳が、してやったりと言わんばかりにいたずらっぽくきらめいた。
「……分かった?天之橋君」
「み、みづきさ…ん!?」
がたん、と。
普段の彼に似合わず、焦って後じさった背中に、玄関のドアが悲鳴を上げた。
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