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  MN'sRM > GS別館 > GS1創作 > 天之橋・約束シリーズ1 >

 SPECIAL ONE,ONLY ONE 

「わぁ〜!」

果てしなく続く、青々とした芝生。その向こうには、薔薇園や温室、林などが見える。
少女は思わず声をあげ、走り出しそうになってはっと足を止めた。
「ご、ごめんなさい。大声を出してしまって」
少女の後についていた私は、恥ずかしそうに謝る彼女に笑いかけた。
「いやいや、構わないよ。素晴らしいだろう?」
「はい!とっても!」
少女が自分の庭に感動してくれて、そしてそれを素直に表現してくれることが、ますます嬉しくなる。
「あの薔薇園にあるのは、学園の薔薇園から株分けされた薔薇たちなんだよ。
 父の代から改良を重ねた、オリジナルの品種もいくつかある」
見上げられる感嘆の視線を感じながら、私は右手の薔薇園を指さした。
「中にはテラスがあるんだ。……では、お嬢さんに美味しいローズティーをごちそうしようかな?」
目を輝かせる彼女に、胸に手を当てて一礼してみせた。


今日は休日。私は、彼女を自宅へ招待していた。
自宅とは言っても毎年、クリスマスパーティの会場となっているので、去年のパーティに来た彼女にとってはさほど物珍しくもないだろう。ただ、パーティ会場から離れた庭などを見せれば喜ぶかもしれない。
そう思って、軽い気持ちで誘ったら彼女は目を丸くして言葉に詰まり、断る理由を探しているのかと思うほどの沈黙の後、花が咲きほころぶような笑顔を見せた。
「すごく……うれしいです」
誘った私の方が驚くような、表情。

その表情が見たくて、必要のない場所まで案内した。
ホールでは、吹き抜けの高さにぽかんと口を開けて見上げたり。
リビングのソファでバランスを崩して、あわてたり。
お茶を運んでくる小間使いに、ちいさく会釈したり。
動作のいちいちが愛らしくて、自分もずっと微笑んでしまっていた。

彼女であれば、私の理想とするようなレディに成長するに違いない。
今は、可憐な鈴蘭のような彼女だけれど。このまま年と経験を重ねたら、大輪の薔薇のようなあでやかな印象になるだろう。

そんなことを思いながら、私はテーブルにティーセットを置いた。
「どうかね?」
短く問うと、きょろきょろと周りを見渡していた少女が、頬を紅潮させて答えた。
「きれいです、こんなたくさんの薔薇……」
テーブルの周りには、それこそ何百種類という薔薇の群があった。
花の大小、花形の違い、色の違い。薔薇と一口に言っても、その種類は無限にある。
そのひとつひとつを愛でるように、少女はまたそちらに目を移した。
「そうか」
独り言のように呟いて、私はゆっくりとお茶を注いだ。

我が家で丹精した、ローザ・カニーナという品種のお茶。慣れないならスタンダードなものが良いだろうと、一般的にもよく飲まれるローズヒップティを用意した。
カップにお茶を注いで、よく見えるようすぐ傍に作ってあるお気に入りの花壇から一輪、薔薇を手折る。
「この薔薇はことのほか香りがよくてね。お茶に浮かべると、何とも言えない芳香を発するのだよ。
 やってみてごらん」
「はい」
促すと、少女は深紅の花びらをお茶に浮かべ、ふわっと香り立つ香気を楽しむように胸の前でカップを持った。

「天之橋さんは……、いつも、こんな風に休日を過ごしてらっしゃるんですか?」
お茶をひとくち味わってから、少女は首をかしげて問う。
「そうだね。薔薇園の世話は私の趣味のようなものだから、一段落ついたときにはよくこうしてのんびりするよ。
 薔薇は、派手なだけの花のように思われているけれど、小さな薔薇もあればチューリップのような花形のものもある。
 それらをただ見ているだけで、和やかな雰囲気になるね」
私の口調で、思い入れの深さが分かったのだろう。少女は頷いて、もう一度お茶を飲んだ。
「素敵ですね。こんな生活って、女の子にとっても理想かもしれません」
小さなレディがそう言うので、私はいつになく浮かれた気分になった。
「じゃあ」
もう一輪、先ほどの薔薇を摘んで、彼女に差し出す。

「じゃあ、ここの家の子になるかい?……なんてね」

うっかり、そんな冗談を口走ってしまったとき。
彼女の様子が、おかしくなった。
つと下を向き、じっとカップに浮かぶ花びらを見つめている。
「……?どうかしたのかね?」
「……………いえ」
少女は、困ったような様子で、それでも顔を上げようとしなかった。
私は、自分の冗談口が気に障ったのかと思い、居住まいを正した。
「すまない。私がつまらないことを言ったから、気に障ったかな」
「いえ、そんなことないです」
そうはいうものの、少女の口調は明らかに先ほどとは違い、硬さを帯びている。
それ以上言いようが無くて、私はただ淡々とお茶を飲んでいた。
沈黙が流れる。


「……ごめんなさい」
しばらくして、少女が小さく呟いた。
「謝ることはないよ」
理由は分からなかったけれど、それが雰囲気を壊してしまったことについての詫びだということは分かったので、私は微笑みを返した。
「私の言ったことが気に入らなかったのだろう?私の方こそ、申し訳なかったね。
 せっかく休日を君と過ごしているのに、つまらないことを言ってしまって……怒らせてしまったかな?」
そういうと、少女は顔を上げて首を振った。
「いえ、怒ってなんかいません。……ただ」
「ただ?」
「……私、やっぱり子供だなぁって……ちょっと、落ち込んじゃっただけなんです」
え?」
驚いて向き直ると、彼女は、記憶にない表情を浮かべてこちらを見ていた。

「でも、それはこれから変えていけばいいですよね。違う台詞を言ってもらえるように……
 頑張ろうって思います」

少しの憂いと、それ故の艶麗さと、印象的な瞳。強い意志に、ほのかな気品。
その時はじめて、彼女という人間を見た気がした。

それが、レディ候補生ではない彼女を意識した、最初の時だったのかもしれない。

 

今はもう、大輪の薔薇のような女性になってほしいとは思わない。

同じ薔薇でも、ひとつとして同じ花はないのだから。

鈴蘭のような、チューリップのような、ひまわりのような。

どんな君も、ずっと……私の傍にいてほしい。

 

FIN.

あとがき